★ 備忘録 「熱球通信」 ・ 特定非営利活動法人秋田県野球フォーラム ★

「熱球通信」は特定非営利活動法人秋田県野球フォーラム会員有志による備忘録を兼ねた「秋田県野球」にこだわった私的ブログです。掲載している記録等については公式なものではありませんのでご注意願います。リンク等についてはオールフリーですので事前のメール等一切不要です。更新頻度は原則毎日の更新です。秋田県出身で県外に在住の方も念頭に更新していきますが、内容等一部については地元情報と時差が生じる場合があります。練習・親善試合の結果情報は原則掲載しません。また、コメント送信欄と掲示板については諸般の事情により対応していません。積極的な中学硬式野球・女子野球の紹介に努めています。

育成功労賞

<日本高野連育成功労賞> 熊谷隆益氏 (65、元秋田南、由利工、横手監督) 受賞。

kumagai<朝日新聞> 文武両道、球児育て26年 育成功労賞の熊谷さん。日本高校野球連盟と朝日新聞社は、高校野球の発展と選手の育成に尽くした指導者を表彰する 「育成功労賞」 に、秋田南(秋田市)野球部元監督の熊谷隆益(たかえき)さん(65)を選んだ。監督として25年間、責任教師として1年間、「文武両道」 を掲げて指導にあたった。高校時代は、秋田南の投手。「当時は野球だけやっていて、何も考えていなかった」 と話す。最後の夏は、準決勝で敗退した。恩師の影響で高校教師を目指そうと、そこから勉学に励んだ。「監督として、甲子園を目指したかった」 非常勤などを経て、1975年から横手(横手市)に赴任し、野球部監督としての道を歩み始めた。同校は、甲子園出場経験もある文武両道の伝統校だ。「勉強もしながら、強くならないといけない」 と考えさせられたという。勉強の時間を確保するため、練習は遅くても午後7時で切り上げた。ただし、グラウンドに入ったら全力で練習に取り組むようにと、強く求めた。「文武両道」の根底には、「純粋に野球が好きな子どもたちなので、野球が将来の糧になれば」という願いがある。野球の技術を謙虚に学ぶこと。自分なりに考えて練習すること。気付きを積極的にプレーに生かすこと。社会人の基本にもなる「謙虚に学ぶ姿勢」「常に考える習慣」「積極果敢な行動」を、野球を通じて身につけてほしいと考えている。教え子たちは、医者やアナウンサー、学者など、各界で活躍している。「怖かった」と言われることが多く、「もう少し余裕を持ってやっていればとか、反省の方が多いです」 と笑う。それだけ真剣に向き合ってきた。「教え子たちが、『あいつが監督だった』と胸を張って言える人間でありたいと、死ぬまで責任を感じる」横 手での8年間の勤務の後、由利工を経て、最後は母校・秋田南でも監督を務めたが、準決勝での3回の敗退が最高成績。目標だった、甲子園の土は踏めなかった。でも、思う。「生まれ変わっても、監督をやりたい」 表彰式は7月12日、こまちスタジアム(秋田市)である第98回全国高校野球選手権秋田大会の開会式に先立って行われる。(石川春菜)

<日本高野連育成功労賞> 若松清幸氏(67、元大館鳳鳴、大館工監督)が受賞。

wakamatsuwakamatsu日本高野連育成功労賞受賞若松清幸氏(67)の受賞を祝う会がロイヤルホテル大館で開催、母校の大館鳳鳴で通算16年、大館工で8年、旧大館南(現・大館)で7年の監督経験、鳳鳴部長としての1年を合わせて32年間の指導歴。【2015.8.15】1979(昭和54年)5月27日、第27回春季高校野球秋田県大会で大館鳳鳴が秋田商との決勝戦を3-1(延長13回)で制して初優勝。大館鳳鳴バッテリー / 吉原忠敏-斎藤義浩、秋田商バッテリー / 高山郁夫、安保浩幸-佐藤文信。この頃の大館鳳鳴ヘルメットはWASEDAカラーエンジ色。<大館鳳鳴先発選手>[中]滝沢竜明(3)、[遊]吉田茂雄(3)、[右]嶋善茂(3)、[捕]斎藤義浩(3)、[一]○大越和人(3)、[三]小林博隆(2)、[左]田勝広(2)、[投]吉原忠敏(3)、[二]奥村昌樹(2)、佐藤和明(3)、福士隆(3)、岡倫之(3)、富樫勝浩(3)、佐藤光博(3)、武藤裕喜(2)、桝屋隆二(2)、伊藤英規(2)、[責]松江長成、[監]若松清幸、[記]佐藤智(2)。
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