★ 備忘録 「熱球通信」 ・ 特定非営利活動法人秋田県野球フォーラム ★

「熱球通信」は特定非営利活動法人秋田県野球フォーラム会員有志による備忘録を兼ねた「秋田県野球」にこだわった私的ブログです。掲載している記録等については公式なものではありませんのでご注意願います。リンク等についてはオールフリーですので事前のメール等一切不要です。更新頻度は原則毎日の更新です。秋田県出身で県外に在住の方も念頭に更新していきますが、内容等一部については地元情報と時差が生じる場合があります。練習・親善試合の結果情報は原則掲載しません。また、コメント送信欄と掲示板については諸般の事情により対応していません。積極的な中学硬式野球・女子野球の紹介に努めています。

記憶残る選手

<秋田高校野球ライバル物語> エースで4番で左のスラッガー 後藤光尊-佐藤力

2022.1.12 後藤光尊元オリックスコーチ 石川ミリオンスターズ 監督就任
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記憶に残る選手 / 秋田県立五城目高校 小松祐樹投手も平成22年が高校最後の夏

社会人野球 秋田GLANZ勇退
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2016.12 秋田県立新屋高校(高校時代の恩師川村監督在校)で特別課外授業

記憶に残る選手 / 秋田県立五城目高校 小松祐樹投手も平成22年が高校最後の夏

komatu社会人野球 秋田GLANZ勇退。<2014.9.14> 平成26年9月14日付秋田さきがけ紙25面(社会面)で小松祐樹選手(秋田信用金庫、社会人野球ゴールデンリバース)紹介。【2010.7.03】平成23年4月30日(土)13:00~13:30 ABS秋田放送スペシャル「つたえる サイレントベースボールが教えてくれた」放送。高校1年時からレギュラーとしてホットコーナーを守ってきた五城目小松祐樹選手(173/61、将軍野)も今年平成22年最後の夏を迎える(新チーム以降主戦投手)。昨年も観戦したが、守備が巧く聴力にハンディがあるとは感じさせない堅実なプレー、「AAB秋田朝日放送 めざせ!甲子園」でも紹介。最後の今年夏の初戦は、7月15日(木)12:30~対角館戦(八橋球場)。<平成22年春 五城目高校登録選手> ① 小松祐樹(3、将軍野)、② 佐藤優真(3、羽城)、③ 河村憲佑(3、秋田西)、④ 谷口勇大(2、天王南)、⑤ ○ 菅原幸貴(3、羽城)、⑥ 浪岡知也(3、秋田北)、⑦ 畠山塁(2、八郎潟)、⑧ 植田優輝(3、土崎)、⑨ 金沢庸平(3、土崎)、小野幸平(3、八郎潟)、菅原秀吾(2、羽城)、松井雄太(1、土崎)、松井貴也(3、土崎)、小野翔也(2、秋田北)、齊藤和哉(3、五城目一)、阿部駿之(3、勝平)、田中優斗(3、羽城)、伊藤和也(2、秋田北)、北嶋康平(2、八郎潟)、伊藤俊将(1、秋田北)、[責]佐藤浩明、[監]川村寿紀。

記憶に残る選手 / 秋田経法大付 谷地村-由利-米村-三浦の堅守センターライン

d5d7defa  画像は由利茂範選手。1995 平成7年 秋田県アマチュア野球選手権高校選抜交流試合、全員3年。<紅組>[投]加藤優貴(金足農)、[投]進藤智洋(秋田)、[投]秋本賢(五城目)、[投]池田公平(能代)、[投]鈴木健之(大曲工)、[捕]鎌田雄大(金足農)、[捕]稲岡勲(秋田南)、[捕]佐藤寿人(合川)、[内]飯島洋幸(秋田)、[内]伊藤哲平(秋田)、[内]米村洋志(経法大付-山王)、 [内]佐藤貴之(横手)、[内]高橋圭(横手)、[内]堀江憲司(秋田中央)、[外]千葉純(金足農)、[外]大沢学(経法大付)、[外]鈴木洋平(秋田南)、[外]藤盛嘉憲(大館商)、[監] 小野巧、鈴木寿  <白組>[投]佐藤慶和(金足農)、[投]石井智之(秋田南)、[投]大里卓史(合川)、[投]斎藤友博(秋田商)、[捕]佐藤博之(秋田)、[捕]高清水護(大館商)、[捕]武田美昌(五城目)、[捕]千葉圭介(湯沢商工)、[内]嶋崎貴芳(金足農)、[内]児玉将志(金足農)、[内]船木亮(秋田)、[内]由利茂範(経法大付-雄勝)、 [内]小玉貴臣(秋田南)、[内]松澤聡(大館商)、[内]柏木公平(鷹巣農林)、[外]佐藤直人(金足農)、[外]村井康弘(経法大付)、[外]浦部威夫(横手)、[外]木村亨(合川)、[監] 嶋崎久美、熊谷隆益 。

オリックス優勝をイチロー氏も喜ぶ「大変感慨深い、次は日本一期待しています」

2016.6 イチロー選手 コーチ留学中の中嶋聡氏と再会
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記憶に残る選手 / 不慮の事故死 須田嘉太朗選手(秋田経法大中退-酒田南-象潟)

shuku・1998(平成10年)第64回全県少年野球大会に象潟中(本荘由利2区)2年生で出場。酒田南では2002(平成14年)春センバツ大会に中堅手で出場し3打数2安打(酒田南初出場)。平成18年新規参入社会人野球由利本荘BCの選手選考会で「内定」を得ていた矢先の平成17年10月25日未明、偶然通りかかったにかほ市象潟の国道7号線で発生した事故の後処理に協力している最中の連鎖事故により不慮の事故死。[事故概略] 信号柱倒れ3人死傷。25日午前1時頃、にかほ市象潟町の国道7号で、青森市浪岡の運転手(47)の大型トラックが、垂れ下がっていた信号機柱のケーブルを引っ掛かけて柱が倒れ、近くにいた1人が頭を強く打って死亡したほか、1人が重体、1人が軽傷を負った。にかほ署によると、約25分前に乗用車が柱に衝突する別の事故があり、高さ約7・5メートルのコンクリート製の柱が倒れケーブルが路上に下がっていた。トラックの荷台がケーブルを引っ掛けたため、柱はいったん持ち上がり、再び倒れた。死亡したのは秋田県潟上市の会社員佐藤○○さん(25)、重体は、にかほ市象潟町須田嘉太朗さん(21)、軽傷は同市象潟町狐森の店員田中○○さん(29)。(秋田魁新報11月2日記事)10月25日未明ににかほ市象潟町の国道7号線丁字路交差点でコンクリート製信号柱が倒れ、そばにいた3人が死傷した事故で、意識不明の重体となっていた同市象潟町の農業須田嘉太朗さん(21)は1日、入院先の由利本荘市内の病院で死亡した。死因は頭部の外傷や肺挫傷など。

秋田の玉三郎 / 東北の江川 / 剛腕 / 松本豊 投手(住友金属-秋田経大付-角館)

昭和56年夏 秋田経法大付-興南

時代築いた男 / 松本豊 投手 横浜大洋(ドラフト外)-住友金属-秋田経大付-角館

中学硬式 秋田ヤングベースボールクラブ(旧 秋田シーバズヤング)で指導
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1993年導入FA制度 人的補償による移籍第1号 川辺忠義投手(秋田工-城東)

昭和61年夏2回戦 秋田工-日南

完全試合 / 2003 平成15年9月21日 本荘高校 佐藤晃輝投手(2、仁賀保)

本荘高校 佐藤晃輝投手(左/左、176/66、仁賀保-平沢)
秋田県大会準々決勝対横手工戦(19奪三振)続く秋季東北大会対光星学院戦でも好投
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能代松陽 三浦凌輔投手(2、大館東)令和3年 秋季地区大会 四死球1準完全試合

oda能代松陽 三浦凌輔投手(2、大館東)2021令和3年度秋季高校野球県北地区大会1回戦対秋田北鷹戦で四死球1の準完全試合(9奪三振、四球は8回先頭打者)。<2018.11.3> 第10回秋田県中学校秋季軟式野球大会登録選手。< 大館東 >[投]三浦凌輔(2、長木)、[捕]嶋田壮真(2)、[一]工藤音久(2)、[二]佐々木羚(2)、[三]菅原大雅(2)、[遊]能登谷俊(2)、[左]中村日和吏(2)、[中]○大久保馨都(2)、[右]大川輝(2)、佐々木雄陽(2)、虻川煌雅(2)、久根木遥己(2)、鳴海碧人(2)、佐藤由河(2)、田中真滉(2)、佐藤悠悟(2)、薮田絵人(2)、石倉大翔(1)、佐々木陽馬(1)、高橋昇汰(1)、[監]阿部剛士、[記]戸田和貴(2)。< 八郎潟 >[投]児玉凌海(2)、[捕]児玉昊輝(2)、[一]藤井大直(2)、[二]小玉啓太(2)、[三]信太凌翔(2)、[遊]佐々木陽向(2)、[左]田口琳久(2)、[中]○金子柊斗(2)、[右]村井愛琉(2)、秋本理璃杏(2)、土橋大和(1)、鎌田翔琉(1)、[監]三戸仁志。< 鳥海 >[投]佐藤央芽(2)、[捕]佐藤大成(2)、[一]眞坂晟斗(2)、[二]佐藤飛鷹(2)、[三]○佐藤海士(2)、[遊]今野駿(2)、[左]佐藤魁翔(2)、[中]村上結兜(2)、[右]小沼鷹斗(2)、太田陸斗(2)、太田脩斗(1)、[監]清野太樹。

2020センバツ大会 秋田県勢出場なし / シーズンオフ企画 / 高校野球列伝 ②

735d026c第103回全国高校野球大会2回戦 智弁学園-横浜 NHKラジオ実況:藤慶太アナ。<2020.1.27> 思いつくまま徒然に、脈絡は全くありません、残っているメモ頼りですので正確性に欠けます、敬称略。<金足農> 昭和63年、背番号7ながら2番手として登板していた大越久美 (潟西、176/73)、内野手として俊敏なプレーを見せた富岡善昌 (下浜、174/64)。平成2年、春センバツ出場、船木良明 (秋田東、179/79)は右大型本格派。平成3年、佐藤平 (秋田北、172/66)は俊足巧打。<秋田高> 昭和62年、2年時にセンバツベンチ入りした佐藤秀一 (協和、176/65) は東京育ちで投手に野手にユーテリティだった。昭和63年、珍田靖郎 (秋大付、178/74) は先発マウンドにも立った右本格派。平成元年、春センバツ出場、山内崇章 (雄和、171/61)の内野守備は印象深い、現スポーツ紙記者。現NHKアナウンサーの 伊藤慶太 (秋大付、178/67) は右本格派で父は秋田商のエースだった。平成2年、高屋速人 (河辺、178/63) は全県中学にも出場し投手兼野手。平成3年、夏甲子園出場、沢井直豊 (城東、180/76) は大型内野手で他チームならレギュラークラスだったか?<秋田中央> 昭和62年、佐藤淳 (秋大付) は3番手ながら右の好投手。昭和63年、菅沼博明 (大潟、169/63) は小柄ながらキビキビした選手。平成2年、堀川浩之 (秋田東、168/59) は右の技巧派投手で全県中学準優勝。<秋田商> 昭和59年、林泰治 (生保内、173/67) は小柄ながら力強い投球だった。昭和62年、長谷川千秋 (土崎、173/66)はJR東日本東北入りしてから大ブレ-クしてエースとなった。平成元年、近藤勉 (山王、185/78) は大型サウスポー。平成2年、主将の工藤泰宏 (大正寺、174/70)。平成3年、大型捕手として期待された 宇野隆(外旭川、179/83) はパワフルなバッティングが記憶に残る。<経法大付> 昭和62年甲子園出場、控捕手の平林拓郎 (越谷南、170/70、現社会人野球オールフロンティアのオーナー) の安定したリードが目についた。昭和63年、三浦孝仁 (秋大付、182/72) は大型サウスポー。平成元年甲子園ベスト4、沼田満秋 (城東、174/66)、、、、。

第100回全国高校野球大会第14日目 8月18日(土)第4試合 金足農-近江

9回裏無死一塁 ベンチサイドの斎藤璃玖選手 スクイズ成功の予感
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記憶に残る選手 / 1994 平成6年夏甲子園で4-4 齊藤広樹選手(秋田-泉)

f59ca486-s大館鳳鳴高校野球部監督を経て現在は由利高校野球部長(地理)。<1994.8.15> 1994(平成6年)8月13日夏甲子園大会初戦対鹿児島樟南戦、試合は秋田県勢敗退パターン 「 初回に先制される  」 での2-8(初回3失点)。その中で打撃面で一人気を吐いたのが1番ショート齊藤広樹選手、初回に中前安打を放ち、2打席目 / 右越え2塁打、3打席目 / 右前安打、4打席目 / 中前安打と大会有数の好投手と評された福岡投手からの全打席安打だっただけに価値があった。<平成6年夏甲子園大会秋田高校先発> [遊]齊藤広樹(3、泉)、[二]○ 桑原康成(3、大潟)、[中]佐藤博之(2、協和)、[左]国安剛(3、秋田西)、[捕]日景勇人(3、泉)、[中]山本竜平(3、大潟)、[右]笹山大(3、泉)、[投]今利浩(3、協和)、[三]高橋知宏(3、城東)、松田真拓(3、八郎潟)、池田智(3、大正寺)、大和田平(3、城南)、堀井成巳(3、城東)、金谷卓明(3、城南)、畠山裕幸(3、払戸)、高辻洋暁(3、城東)、[責]柴山芳隆、[監]小野巧。※ 責任教師だった柴山芳隆教諭は教壇に立つかたわら執筆活動に従事。著書第3回(1986)及び第9回(1989年)さきがけ文学賞選奨受賞。平成7年(1995年)度秋田県芸術選奨受賞。

1、2年時だけで完全試合2回 作新学院 江川卓投手 / 大学の受験会場一緒でした

受験会場退出時のマスコミのフラッシュがすごかった記憶
篠塚
和典利夫)氏「 ピッチャーでNO1だと思っている 」

1992(平成4年)全国高校野球秋田大会 大館鳳鳴 浅野晃秀投手(3、大館一)

平成4年 春季東北大会準決勝 仙台育英に5-6で惜敗
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記憶に残る選手 / 平成8年夏甲子園 決勝 松山商 矢野勝嗣外野手のスーパー返球

f4654f6a松山商で全国制覇の沢田勝彦監督が今夏の「第103回全国高校野球選手権」をもって高校野球監督を勇退することが明らかに。<2019.11.24> 社会人野球日本通運藪宏明監督が退任。後任監督は沢村幸明氏 (39) が最有力候補とみられている。沢村氏は 「奇跡のバックホーム」 で有名な96年夏の甲子園決勝・熊本工-松山商で1年生ながら熊本工の6番に座り、9回に同点アーチを放ったことで知られる。法大を経て日本通運に進み、16年限りで現役を引退している。<2016.10.19> 準優勝熊本工野田謙信主将は明治大(副主将)を経て社会人野球トヨタ自動車、2013(平成25年)4月に開新高校(私、熊本)野球部監督就任。 <2011.1.11> 鳥肌の立った 「信じられないバックホーム」 だった。平成8年の熊本工対松山商の古豪同士の決勝戦。以下ベースボールマガジン社甲子園大会特集号より転記。目の前で起こった信じられない光景に、4万8000人の大観衆が総立ちになった。延長10回裏、一死満塁。熊本工初優勝の夢を乗せた、本多の大飛球が右翼深くへ舞い上がる。タッチアップの体勢を取った三塁走者・星子は、松山商右翼手の矢野が打球をつかんだのを見届けて、劇的なサヨナラホームへ向かって突進した。「ダメだ。」-あまりの大飛球に、(この回から守備固めで)守備についたばかりの矢野もあきらめたし、松山商のだれもが同じ思いだった。以下略。試合後の松山商沢田監督と熊本工田中監督の談話「矢野はチームで一番肩がいい。、、、、」「あれは高校野球のバックホームではない。野球人生で初めて見ました。」

平成28年6月 / 松蔭大野球部 飯塚海翔投手(秋田修英-太平)交通事故で死亡

kaito<2017.7.07、バーチャル高校野球>高校野球・秋田修英の鈴木蓮君(3年)は中学3年の秋、進学を考えていた修英の試合を見ようと、ジャージー姿で球場へ足を運んだ。試合前、球場の外にある自動販売機の前で突然声をかけられた。「うちに来るの? キャッチボールしようよ」それが2学年上の先輩だった飯塚海翔(かいと)さんとの最初の会話だった。自分より20センチは背が高くて、何だか怖かった。でも、誘ってくれたのがうれしくて、すぐに「はい」と返事をした。ボールを受け、また返す。それが5分間ほど続いた。「投げ方がきれいだなぁ」。褒められたのがうれしかった。多くの部員が寮で暮らす秋田修英。鈴木君も入学式後に寮に行くと、飯塚さんがいた。「不安なことある?」優しく尋ねられ、「朝起きたら、ごはんをならべた方が良いですか」と心配をぶつけた。「そんなに厳しくないからね」。不安が少し和らいだ。ノックでも、フェンスにぶつかりながら捕球する。ガッツあふれるプレーと面倒見の良さで、飯塚さんは後輩たちに慕われていた。夏の大会が終わり、飯塚さんが部を引退した後も、2人で焼き肉を食べに行ったり、プリクラを撮ったりした。きょうだいが妹1人だけの飯塚さんにとって、2人はまるで兄弟であり、親友のようだった。翌年の正月休み。飯塚さんと2人で遊ぶと、鈴木君がいすに掛けていた上着のポケットに気づかないうちに手紙が入っていた。飯塚さんは口にすると照れくさいことを、手紙にして渡すことがあった。「頑張ればちゃんと結果が出るから」鈴木君は走り込みが嫌いで、電話で冬の練習のつらさをこぼしたことがあった。その励ましだった。飯塚さんは卒業後、神奈川県の大学に進んだ。一人暮らしの部屋には鈴木君や部員と撮った写真を飾っていた。鈴木君は、そんな先輩にスランプの時やつらい時はLINEを送り、助言をもらった。「悲しい報告がある。昨日、飯塚が事故で亡くなった」。その年の6月、練習試合が終わったあとのミーティングで、監督が部員に告げた。大学の野球部の練習に行く途中の事故。まだ18歳だった。頭が真っ白になり、すぐにLINEを送った。「飯塚さーん!」「何してますか?」。でも、「既読」はつかなかった。卒業直後にもらった便箋の手紙を何度も読み返した。涙が止まらなかった。「蓮が甲子園でプレーする姿を見るのを楽しみにしてる。たくさん食っておっきくなれ~。海翔より」結びは、笑顔の顔文字が手書きで並んでいた。鈴木君は今も、その便箋を財布に入れて持ち歩いている。2番打者としてチームを支えた昨夏は、準々決勝で惜敗。飯塚さんとの約束を果たせなかった。唯一無二の目標に向け、追い込みの練習に汗を流す。あの日の出会い。感謝の気持ち。書き慣れない手紙を書いたら、2600字にもなった。「かけがえのない存在だった飯塚さん。シャイな一面もありますが、本当に人思いで優しく、元気のある人でした。いつまでも一緒にいたかったのですが、今はもうできません。けど、必ず飯塚さんは見ています。最後まで諦めないで頑張りたいです。飯塚さんのために甲子園!」。<2016.6.20> 飯塚海翔投手(18、左/左、182/78)、明桜から秋田修英転入、今年4月に松蔭大学(神奈川大学野球連盟)入学。投手としての経験が少なく無名もその潜在能力を高く評価する関係者が多かった。「アピールポイント / 元気に練習や試合に取り組みます」。明桜時代1年秋からベンチ入り。葬儀は6月22日(水)13:00~ 秋田市旭南1-2-21秋田ベルコ会館、喪主・父喜弘さん。<2016.6.19> 6月18日午前8時50分ごろ、厚木市酒井の市道交差点で、伊勢原市東成瀬、私立大学1年生の男性(18)の運転するミニバイクと乗用車が衝突、男性は胸を強く打つなどして死亡した。厚木署は、乗用車を運転していた同市山際、トラック運転手(48)を自動車運転処罰法違反(過失傷害)で現行犯逮捕した。

名前が「志」で終わる秋田県関係野球指導者・選手(令和3年6月現在、41名)

si上村大志選手2020東京五輪聖火ランナー安保天志(平成25年由利監督、能代-阿仁一)・石井温志(外、能代、甲子園出場)伊藤広志(外、羽後、昭和50年羽後高校全県大会初出場)伊藤将志(専大北上-横手北)・伊藤元志(内、秋田-男鹿南、甲子園出場)・岩谷剛志(捕、秋田商-土崎)上村大志(内、天王中、2020東京五輪聖火ランナー、祖父千代志さんも昭和39年東京五輪聖火ランナー)遠藤正志(外、本荘-象潟、八橋球場本塁打)・景山貴志(外、経法大付-八郎潟、甲子園出場)・金子里志(外、秋田市立-天王)・鎌田健志(天王南中監督)・川北篤志(内、経法大付-金浦)・木村大志(外、秋田北鷹-合川)・小玉竹志(投、秋田市立ー男鹿東、金子里志選手と同期)・児玉武志(内、青森大-秋田商-勝平、秋田北シニアコーチ)・小玉正志(外、秋田-五城目一)・児玉将志(内、金足農-五城目一、甲子園出場)・斎藤正志(内、仁賀保-金浦、選手権秋田大会サヨナラ本塁打)・嵯峨一志(内、秋田工-太平、八橋球場本塁打)・佐々木大志(投、金足農-城東、甲子園出場)・佐々木千代志(元大曲工監督、日本高野連育成功労賞受賞)・佐々木雄志(内、秋田商-勝平、甲子園出場)・佐藤高(内、秋田商-太平、甲子園出場)・三戸仁志(外、秋田-八郎潟、甲子園出場)・高松直志(投、能代-山本、甲子園出場)・田村威志(投、西仙北-西仙北東、社会人野球秋田銀行)・遠山比呂志(内、酒田南-岩城、甲子園出場)・中嶋健志(投、能代商-能代一、甲子園出場)・夏井一志(内、秋田商-天王、甲子園出場)・半田貴志(内、経法大付-井川、甲子園出場)・藤田健志(内、能代松陽-能代南、選手県秋田大会準優勝)・藤田大志 (32、消防士長、平成31年1月22日、能代市富町住宅火災で消火活動中に殉職、能代-二ツ井、平成19年採用、勤続12年目、合掌)・藤谷弘志(500歳野球大曲ク、秋田還ク、秋田県初少林寺拳法8段正範士)・藤原英志(内、金足農-秋田北)・船木正志(秋田南中監督)・堀江岳志(能代二中監督)・山岡政志(投、秋田商-下浜、甲子園出場)・山田久志(投、能代-能代二、プロ野球名球会)・山谷勝志(外、秋田-協和、甲子園出場)・米村洋志(内、経法大付-山王、能代シニア監督)与良大志(内、能代-八郎潟、八郎潟中で第82回全県優勝)。※順不同敬称略、自薦他薦お願いします

記憶に残る選手 / 慶応大 佐藤翔 選手 リーグ史上初の1シーズン満塁本塁打2本

TKY20050529012261d0816d-s<平成21年 日刊スポーツ> 4番DHの佐藤翔内野手(23=慶大)が3安打3打点と活躍。190センチの巨体を揺らし、故郷で大暴れだ。初回1死一、二塁で左中間を破る二塁打で先制点を挙げる。2回に中前適時打を放つと、6回には右中間へ適時二塁打。広角打法で本戦出場に貢献し、大会MVPも獲得した。「自分の活躍よりチームが勝てたことがうれしいです」。両チーム合計26本のヒットが飛び交う乱打戦で、佐藤が体でもバットでも目立った。高校まで秋田市で過ごした。こまちスタジアムは、秋田高3年夏の県決勝で湯沢を11-1で下し、甲子園出場を決めた思い出の球場だ。佐藤はその試合でも4番で3安打2打点を挙げており「慣れ親しんだところなので、力が入りました」と振り返った。チームは昨季までのエース摂津(ソフトバンク)が抜け、打力強化が課題だった。月に1度は摂津から連絡を受ける阿部圭二監督(53)も「頼もしいです」と佐藤の活躍に目を細めた。監督就任3年目で、初の都市対抗出場。座禅やミーティングでメンタル強化をはかってきた指揮官は「ようやく結果が出ましたね」と胸をなで下ろした。<2020.12.10> 秋田高校の後輩 金沢龍介選手(専修大) JR東日本東北へ入社。<2014.7.03> 平成21年7月2日、都市対抗東北2次予選決勝でJR東日本東北が七十七銀行を破り3年ぶり22度目の本戦出場。4番DHで出場した佐藤翔選手は3安打3打点、大会MVP。<2013.2.15> 2007(平成19年)5月19日 対法政大1回戦で、慶応大 佐藤翔選手 (秋田-御野場) が東京六大学史上初となる1シーズン満塁本塁打2本達成 (リーグ通算最多記録は3本)、右右、190cm94kg、遠投95m、50m6秒1、血液型A。高校時は3年夏に捕手として甲子園出場、大学入学後に外野手転向。両親ともにバレーボール選手で、巨体を生かした長打力が持ち味。リーグ通算11本塁打、ベストナイン2回。<2009.11.08> 社会人野球JR東日本東北 佐藤翔選手 (慶応大-秋田-御野場-仁井田)現役引退報道、右足の故障が原因か、残念の一言。大学3年時には、ドラフト候補「3翔」「4翔」との高い評価。<秋田高校 平成15年夏秋田大会登録選手> 佐藤裕輝 (3、御野場)、佐藤 翔 (3、御野場)、渡辺亮 (2、城東)、○ 佐々木圭太 (3、泉)、伊藤徹平 (3、大正寺)、佐藤拓也 (3、平和)、小野康太 (3、泉)、成田大 (3、二ツ井)、浜田浩二 (3、羽城)、草階卓巳 (2、八郎潟)、山岡樹宗 (1、土崎)、遠藤野歩 (1、井川)、藤原憲惣 (2、角館)、高橋範慈 (3、協和)、加藤研 (2、泉)、齋藤正明 (2、秋田西)、田中祐哉 (3、大潟)、長門将志 (2、峰浜)、谷地田潤 (2、御野場)、江畑知洋 (3、男鹿中)、[責]小林正人、[監]佐藤幸彦、[記]伊藤厚 (3、雄和)。

秋田県出身 慶應義塾大学野球部OB選手 / 猿田和三 主将 (内野手、秋田-豊岩)

36811088佐竹敬久秋田県知事、猿田和三産業労働部長を秋田県副知事に起用。<2020.3.24> 2020令和2年度秋田県職員異動で産業労働部長に猿田和三産業労働部次長(56)。平成30年9月39日TBS系列 「消えた天才」長嶋一茂氏が紹介するのは猿田和三選手 (秋田高校~慶応義塾大学)。・猿田三兄弟としても有名、東京六大学で早稲田大石井浩郎選手と対戦。ボールパーク秋田 で詳しく紹介 ~野球が教えてくれたこと~昭和62年度慶応義塾大学主将、5番三塁手として活躍、大学3年秋首位打者、ベストナイン2回。八橋球場の思い出 「八橋での多くの好投手との対戦が忘れられません」。<昭和56年春秋田高校登録選手> [投]石井浩郎(2、八郎潟)、[捕]鈴木彰(3、秋田北)、[一]伊保谷徹(1、山王)、[二]高橋誠(2、秋田西)、[三]三浦純也(2、秋田西)、[遊]○猿田和三(3、豊岩)、[左]住吉浩鹿(2、秋田西)、[中]稲垣寿(3、秋田西)、[右]菅原謙二(2、羽城)、天野清美(3、秋田東)、石井浩次(3、雄和)、佐々木誠(2、羽城)、立花俊幸(1、城東)、小野武紀(3、土崎)、伊藤元(2、秋田南)、浅野英樹(3、五城目一)、菅原文夫(3、山王)、[責]竹内一朔、[監]大久保正樹、[記]沢田石辰美(3、五城目一)。

~昭和63年 / 松尾俊治氏監修 文芸春秋社雑誌Number秋田県ベストナイン

best9number平成29年度創設能代市民栄誉賞(山田久志さん、小野喬さん、加藤廣志さん、野呂田芳成さん)。<Number 昭和63年8月20日号より抜粋>「好投手は多いが、スラッガーがいませんね」竹内一朔元秋田高部長がいう。なるほど拾っていくと、投手はいる、、、、、。古くは秋田商・赤根谷飛雄太郎、角館・五井孝蔵、秋田商から嵯峨健四郎、パーフェクト男の佐々木吉郎、センバツベスト4の今川敬三、小さな大投手山岡政志、高山郁夫ら。現在のプロでは能代の山田久志、金足農・小野和幸、秋田経大付・松本豊、本荘・工藤幹夫ら。それに昭和59年ベスト4へ進んだ金足農・水沢博文。甲子園での健闘では水沢がピカ一。実力派では山田だが、甲子園経験なし。ここは甲子園でも春、夏力投した松本を選びたい。捕手は水沢の女房役で、桑田から先制打を奪うなどよく打った長谷川寿。一塁手は慶応の4番を打ち、リーグ首位打者となった高橋捷郎、二塁手も秋田の本多秀男だ。三塁手は早大の4番を打ち本塁打13本の石井浩郎、ショートは同じく秋田から慶大に進み首位打者となり、全日本学生の主将をつとめた猿田和三か。外野陣は秋田商の主砲、武藤一邦がまずは異論なし。あとは傑出した選手がいないので、秋田県選手の甲子園第1号本塁打を記録した秋田・成田憲明と秋田・小西秀朗を選んだ。ここでどうしても入れておきたい大物が一人。三冠王の秋田工・落合博満だ。秋田-六大学勢で内野陣を形成したから、DHで頑張って貰おう。

秋田県出身 慶應義塾大学野球部OB選手 / 猿田和三 内野手 (主将、秋田-豊岩)

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平成29年 / 戸沢快生選手(6、東大曲)U12侍ジャパン(仁志敏久監督)選出

- 古豪横手高校進学へ -
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1998(平成10年)第64回秋田県少年野球大会優勝 男鹿中中 目黒達也投手

平成13年2月25日 男鹿市立男鹿中中学校閉校式(男鹿南中に統合)
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七十七銀行-東北福祉大-東北高-男鹿中中 
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