★ 備忘録 「熱球通信」 ・ 特定非営利活動法人秋田県野球フォーラム ★

「熱球通信」は特定非営利活動法人秋田県野球フォーラム会員有志による備忘録を兼ねた「秋田県野球」にこだわった私的ブログです。掲載している記録等については公式なものではありませんのでご注意願います。リンク等についてはオールフリーですので事前のメール等一切不要です。更新頻度は原則毎日の更新です。秋田県出身で県外に在住の方も念頭に更新していきますが、内容等一部については地元情報と時差が生じる場合があります。練習・親善試合の結果情報は原則掲載しません。また、コメント送信欄と掲示板については諸般の事情により対応していません。積極的な中学硬式野球・女子野球の紹介に努めています。

記憶残る選手

名前が「志」で終わる秋田県関係野球指導者・選手(令和6年5月現在、42名)

si上村大志選手2020東京五輪聖火ランナー安保天志(平成25年由利監督、能代-阿仁一)石井温志(外、能代、甲子園出場)伊藤広志(外、羽後、昭和50年羽後高校全県大会初出場)伊藤将志(外、石巻専修大-専大北上-横手北)伊藤元志(内、秋田-男鹿南、甲子園出場)岩谷剛志(捕、秋田商-土崎)上村大志(内、天王中、2020東京五輪聖火ランナー、祖父千代志さんも昭和39年東京五輪聖火ランナー)遠藤正志(外、本荘-象潟、八橋球場本塁打)景山貴志(外、経法大付-八郎潟、甲子園出場)加藤大志(捕・投、協和中1年、中学硬式ポニーリーグU-12日本代表金子里志(外、秋田市立-天王)鎌田健志(天王南中監督)川北篤志(内、経法大付-金浦)木村大志(外、秋田北鷹-合川)小玉竹志(投、秋田市立ー男鹿東、金子里志選手と同期)児玉武志(内、青森大-秋田商-勝平、秋田北シニア監督)小玉正志(外、秋田-五城目一)児玉将志(内、金足農-五城目一、甲子園出場)斎藤正志(内、仁賀保-金浦、選手権秋田大会サヨナラ本塁打)嵯峨一志(内、秋田工-太平、八橋球場本塁打)佐々木大志(投、金足農-城東、甲子園出場)佐々木千代志(元大曲工監督、日本高野連育成功労賞受賞)佐々木雄志(内、秋田商-勝平、甲子園出場)佐藤高(内、秋田商-太平、甲子園出場)三戸仁志(外、秋田-八郎潟、甲子園出場)高松直志(投、能代-山本、甲子園出場)田村威志(投、西仙北-西仙北東、社会人野球秋田銀行)遠山比呂志(内、酒田南-岩城、甲子園出場)中嶋健志(投、能代商-能代一、甲子園出場)夏井一志(内、秋田商-天王、甲子園出場)半田貴志(内、経法大付-井川、甲子園出場)藤田健志(内、能代松陽-能代南、選手県秋田大会準優勝)藤田大志 (32、消防士長、平成31年1月22日、能代市富町住宅火災で消火活動中に殉職、能代-二ツ井、平成19年採用、勤続12年目)藤谷弘志(500歳野球大曲ク、秋田還ク、秋田県初少林寺拳法8段正範士)藤原英志(内、金足農-秋田北)船木正志(城南中監督で第88回全県大会優勝、新潟大-秋田高軟式-秋田東)堀江岳志(能代二中監督)山岡政志(投、秋田商-下浜、甲子園出場)山田久志(投、能代-能代二、プロ野球名球会)山谷勝志(外、秋田-協和、甲子園出場)米村洋志(内、経法大付-山王、能代シニア監督)与良大志(内、能代-八郎潟、八郎潟中で第82回全県優勝)順不同敬称略、誤字脱字補正追記自薦他薦等迅速対応

記憶に残る選手|超下手投げ & 超遅球 伊藤大地投手(3 右/右 由利工-大内)

yuriko社会人野球由利本荘クラブ在籍。・由利工、、、。 地面スレスレの下手から最速112kmの直球と50km台のカーブを織り交ぜる投球が持ち味。夏甲子園秋田大会初戦の反省から 「カーブとストレートと同じ腕の振りになるように」 フォームを微調整し、次戦の対花輪戦(リリーフ登板)では、7回2死三塁のピンチを切り抜けた。<平成24年夏秋田大会 由利工 登録選手> [投]鈴木彰人(3、仁賀保)[捕]○ 三船翔大(3、鳥海)[一]東海林慶太(3、大内)[二]猪股凌(3、本荘東)[三]松田知也(3、本荘南)[遊]鈴木将太(3、東由利)、左]佐々木涼(3、下浜)[中]佐藤悠人(3、仁賀保)[右]高橋真也(3、仁賀保)伊藤大地(3、右右、174/59、大内)大友航太(2、下浜)田口哲也(3、下浜)佐藤光(3、鳥海)高橋友希(3、東由利)熊谷崇亮(2、本荘南)佐々木雄大(1、大内)畠山和繁(3、東由利)窪目俊也(2、下浜)鈴木柾也(3、本荘北)児玉卓也(1、本荘北)[責]須田和仁[監]渡辺義久[記]篠田渉(3、本荘北)。<平成21年夏 大内中 登録選手> [投]○ 三浦大貴(3)[捕]東海林慶太(3)[一]小松崇哉(3)[二]佐々木玲(3)[三]佐々木竣哉(3)[遊]佐々木智樹(3)[左]東海林祐介(3)[中]佐々木航平(3)[右]佐々木亮(2)伊藤大地(3)中村光希(3)伊藤駿(3)畠山慧輔(2)伊藤一輝(2)村山尚之(2)佐々木悠眞(2)佐々木雄光(2)伊藤将輝(2)伊藤翔太(1)大友翔矢(1)[責]齋藤勉[監]東海林俊介、記]佐々木雄大(2)。

追分駅前にて|秋田県立金足農業高校野球部応援団と言えばこの方 藤原正三さん

秋田県スポーツ少年団表彰式  日本スポーツ少年団顕彰 藤原正三( 金足西 柔道 )
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若かりし頃の藤原正三さん( 御本人は秋田高校柔道部OB )

記憶に残る選手| 昭和57年 秋田西高校 双子バッテリー 村井健彦投手 康彦捕手

mkurai・2023令和5年 日大東北高校 堀米翔太捕手&涼太投手、山形城北高校 大武拓斗捕手&俊介投手。2009平成21年 鳥羽高校 村木豪投手&峻捕手。<2010.2.5> 2月5日は「ふたごの日」。創部4年目の若いチームで部員数もまだ20名前後の頃、ユニフォームも今とは違い白い帽子でした(懐かしい)。距離的に近いこともあり秋田北中から秋田西高に進学した両選手、学校がまだ若いこともあり、マスコミ的にはあまり注目されませんでしたが、中学時代からその素質は評価。身長が170cmと168cmで2cm違うだけ、体重は同じ64kgと、慣れないと区別がつかなかった記憶があります。はっきりと違ったのは投手の健彦選手が左/左で捕手の康彦選手が右/右だったこと。送迎に一生懸命だったお父さんは 「性格が一番違う」 と言っていましたが、早くに他界したのは残念です。 < 昭和57年夏 秋田西高校登録選手 > ① 村井健彦(3、秋田北)② 村井康彦(3、秋田北)③ 永井誠一(3、外旭川)④ ◎ 渡部伸明(3、秋田北)⑤ 戸嶋譲(3、払戸)⑥ 佐藤利久(3、土崎)⑦ 佐藤真人(3、外旭川)⑧ 加賀谷学(3、城南)⑨ 金沢希(2、山王)関谷慶之(2、外旭川)渡辺伸(2、秋田北)田中見征(2、羽城)長谷川幸一(2、土崎)工藤文彦(2、大正寺)畠山浩記(1、土崎)渡部昇健(1、潟西)八百屋信一(1、土崎)(責)佐々木久吾(監)斎藤義春。

同級生の秋田商佐藤剛士投手に ピッチング見てたら凄いのはもちろんなんやけど

<ダルビッシュ有>

キャッチャーのフレーミングが凄いという印象

男鹿南中に統合|2001 平成13年2月25日 男鹿市立男鹿中中学校で閉校式

1998 平成10年第64回秋田県少年野球大会優勝 男鹿中中 目黒達也投手
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社会人|七十七銀行  大学|東北福祉大  高校|東北高

東北屈指の剛球 秋田経法大付 水沢英樹投手(3、生保内)2年連続春東北制覇

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平成7年夏甲子園 第77回全国高校野球選手権大会 青森山田 山形洋・戸堀誠選手

ayam<新聞報道> 傷害の疑いで1月15日に逮捕されたのは、日本ウェルネス沖縄高校の職員で、硬式野球部監督を務める五十嵐康朗容疑者です。五十嵐容疑者は2019年から日本ウェルネス沖縄高校の野球部監督を務め、去年夏の高校野球沖縄大会では、準優勝に導きました。それ以前には、青森山田高校の野球部で監督や部長として度々甲子園出場を果たしています。<2018.7.29> 第77回甲子園大会、青森山田 (2回目出場) は、初戦で尼崎北に延長13回サヨナラで勝利して同校甲子園初勝利。山形選手は4番一塁手で先発出場し、2試合で9打数4安打の成績。※ 平成30年第84回秋田県少年野球大会2回戦で中仙中 山形琉唯投手完全試合達成。< 平成7年夏 青森山田高校登録選手 > [投]大窪一朗(3)[捕]小野泰弘(3)[一]○ 山形 洋(3、右右、176/76、中仙)[二]伊木暢浩(3)[三]中山 元(3)[遊]小野陽平(2)[左]上原健一(3)[中]伊藤博文(3)[右]明平正和(3)中谷幸治(3)成田大樹(3)加藤克志(3)満田智之(3)戸堀 誠(3、右右、175/70、中仙)浦田一夫(1)遠藤暢彦(3)[責]直川哲也[監]五十嵐康朗

秋田市立秋田商業高校硬式野球部 佐藤 洋(3 投 羽城)- 鳥井 将(3 捕 八郎潟)

2006(平成18年)秋田市 「広報あきた」 新春号
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平成4年春季秋田県大会 大曲農 湊谷秀樹投手から3連続本塁打 能代 大塚大選手

c04e9bc7-sh4宮城県立泉館山高校野球部大塚大監督。<2014.7.10> 平成26年全国高校野球選手権宮城大会2回戦 仙台東2-3東北、大塚大監督(40)は 「いい働きをしてくれました」 とエースをねぎらった。・1992平成4年春季高校野球秋田県大会 準決勝 能代5ー4大曲農、好投手左腕大農湊谷秀樹投手(太田、182/78、打では4番) から記録となる1試合3連続本塁打を放った能代3番大塚大外野手(鷹巣主将、180/76、早稲田大進学、両親高校教師)、拡張された八橋球場での3本塁打の内訳は、① 左中間、② 左中間、③ 追い風に乗っての左翼場外と文句なしの飛距離。本塁打は前年の地区大会で放った1本以来というのは実に意外な感が。続く東北大会でも対田村(福島)戦で場外本塁打等計2本。この年の能代高校( ユニフォーム / オリックスブルーウェーブイメージ、レギュラー平均177.8cm ) はドラフト候補選手が多数在籍しており、成田&村上のWエースで夏甲子園大会でも上位を狙えた大型チームだった。

売却目的|窃盗罪問われた元巨人・近鉄投手(47)検察側懲役2年を求刑し結審

横浜地裁判決 令和5年11月1日
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2001平成13年 金足農 佐々木大志( 右・城東 )斎藤翼( 右・仁賀保 )投手

佐々木大志(180cm)斎藤翼(180cm嘉藤功(大正寺)強力投手陣
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2002 金足農 遠藤勇樹主将(東由利)| 佐々木大志投手(城東)とバッテリー

平成12年秋季東北大会 金足農1-4鶴岡東 佐々木大志・齋藤翼のwエース
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秋田県高校野球ライバル物語|エースで4番で左のスラッガー 後藤光尊-佐藤力

eBASEBALLプロスピAリーグ2023シーズンスピリーグ監督(オリックス)就任 プロ野球 eスポーツリーグ公式サイト
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2022.1.12 後藤光尊元オリックスコーチ 石川ミリオンスターズ 監督就任

平成4年能代高校|180cm以上6人擁し軟硬優勝も現実味を帯びた大型チーム

能代4-3佐賀東 | 能代0-7尽誠学園
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( レギュラー平均 177.7cm 73.5kg )

記憶に残る選手|1998 平成10年熱球通信期待 伊藤貴樹選手( 秋田-飯島 )

現在 岩手県立西和賀高校硬式野球部監督(社会科教員)
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秋田県出身 慶應義塾大学野球部OB選手|猿田和三主将( 内野手、秋田-豊岩 )

2a77f0f6-s東京六大学野球連盟は2月21日午前10時から公式YouTubeチャンネルで、各都道府県出身または出身校の東京六大学野球OB・OG総勢47名でキャッチボールをつなぐ動画を公開すると発表、秋田県は猿田和三秋田県副知事が担当。<2021.4.16> 佐竹敬久秋田県知事が猿田和三産業労働部長を秋田県副知事に起用。<2020.3.24> 2020令和2年度秋田県職員異動で産業労働部長に猿田和三産業労働部次長(56)。平成30年9月39日TBS系列 「消えた天才」長嶋一茂氏が紹介するのは猿田和三選手 (秋田高校~慶応義塾大学)。・猿田三兄弟としても有名、東京六大学で早稲田大石井浩郎選手と対戦。ボールパーク秋田 で詳しく紹介 ~野球が教えてくれたこと~。昭和62年度慶応義塾大学主将、5番三塁手として活躍、大学3年秋首位打者、ベストナイン2回。八橋球場の思い出 「八橋での多くの好投手との対戦が忘れられません」。<昭和56年春秋田高校硬式野球部登録選手> [投]石井浩郎(2、八郎潟)、[捕]鈴木彰(3、秋田北)、[一]伊保谷徹(1、山王)、[二]高橋誠(2、秋田西)、[三]三浦純也(2、秋田西)、[遊]○ 猿田和三(3、豊岩)、[左]住吉浩鹿(2、秋田西)、[中]稲垣寿(3、秋田西)、[右]菅原謙二(2、羽城)、天野清美(3、秋田東)、石井浩次(3、雄和)、佐々木誠(2、羽城)、立花俊幸(1、城東)、小野武紀(3、土崎)、伊藤元(2、秋田南)、浅野英樹(3、五城目一)、菅原文夫(3、山王)、[責]竹内一朔、[監]大久保正樹、[記]沢田石辰美(3、五城目一)。

記憶に残る双子選手 / ツインズといえば 佐藤一臣・佐藤宏臣 選手(東陵-太田)

huagou2月5日は「ふたごの日」<2018.6.09> 由利工野球部 石原龍之介(硬式、本荘南)選手と本荘野球部 石原翔之介(軟式)選手。【2015.4.18】春センバツ出場大曲工 / 石井裕也、西仙北 / 石井準也選手(協和)、秋田南中島和俊投手、貴俊外野手 (秋大付)。<2012.7.11> 11996 (平成8年) に太田中で(宏臣投手、一臣捕手) 全県大会出場、高校は宮城県の強豪東陵に揃って進学。高校時代、兄 / 一臣 (右左、176/72 )は主に内野手で50m 6秒台前半の俊足リードオフマンとして活躍、弟 / 宏臣(右右、181/71) は主に外野手登録もその上背から投手としても期待された。兜森昭一監督も 「これだけ野球センスのある双子も珍しい」 とコメント。他にも秋田西 / 村井健彦、康彦選手 (飯島、バッテリー)、能代商 / 工藤克也、達也選手(八森)、秋田経法大付 / 杉本正人、宗人選手(五里合)、秋田商 / 佐々木洋樹、智樹選手(西仙北東)、金足農 / 田口正也、新屋 / 正志選手(河辺)、秋田北鷹 / 長野剛也、真也選手 (鷹巣南)、湯沢商工 / 小野寺健、湯沢/康選手(三輪)、、、、。

スポーツ紙 / 双子で注目 杉本正人内野手、宗人捕手 (秋田経法大付-五里合)。

a510cbae2月5日は「ふたごの日」。・弟公三内野手も経法大付野球部OB秋田経法大付 (現明桜) の黄金期を、杉本ツインズが支えた。双子の杉本宗人捕手、正人内野手はレギュラー入りした2年夏から3季連続で甲子園に出場。夏通算4勝を挙げ、初出場の1989年 (平元) 夏には県勢6度目の4強入りに貢献した。2人は男鹿半島の小さな町 (男鹿市内) に生まれ育った。ともに五里合小4年から野球を始め、一緒に秋田経法大付に入学。宗人は捕手、正人は三塁手として2年夏からレギュラー入り。3季連続で、甲子園の土を踏んだ。宗人:田舎だったので、子供のころは野球が遊びだった。近くの農協の壁にボールを投げ合って兄弟でよく遊んでいましたね。僕はプロテクターを着けたくて捕手になった。母子家庭で経済的に苦しく、高校は特待生で入れてもらった。1学年下にはエース左腕中川伸也がいた。当時25歳の鈴木寿監督 (現寿宝=秋田修英監督) の下で、甲子園でも快進撃した。宗人:中川は1年生とは思えない球を投げた。スピードとキレがあって (入学後の) 1球目は捕れなかったぐらい。監督から「それでは先輩として後輩を指導できない」と厳しい言葉をかけられ、(捕手として) 一生懸命頑張りました。89年夏の甲子園初戦 (2回戦) は5-0で出雲商に快勝した。試合ごとに宿舎の荷物をまとめ、あれよあれよと準決勝進出。優勝した帝京に0-4で敗れたが秋田経法大付として初の1大会3勝を挙げ4強に輝いた。正人:やはり中川が一番注目されましたが、私たちも双子ということで注目されましたね。小さい時は何かと比較されて嫌でしたが、高校ではポジションも違うし、逆に心強く、いい刺激になりました。翌90年春のセンバツ初戦は鹿児島実に逆転負け。4-2の9回表、相手の代打攻勢で3点を失い、その裏に宗人が最終打者になった。宗人: (最後の打席は) 悔しすぎて覚えていない。最終回の代打攻勢は、相手が諦めたと勝手に思ってしまったんです。それがガンガン打たれ、勝ちを落としてしまった。一方、正人は89年夏の秋田県大会 (5試合) で全国5位の打率6割1分5厘をマークしたほどの強打者だった。90年夏の甲子園、2回戦の育英では延長13回裏2死一、三塁から中堅越えサヨナラ打を放った。正人:アウトコースの高めの真っすぐです。5番打者でチャンスは何回もあった。すべて凡退で6回目のチャンスに絶対決めてやるという気持ちだった。全力でスイングしてバットに当たったんです。だが続く3回戦で横浜商に延長12回2-3と惜敗。それぞれ守備、打線の要としてチームに貢献してきた杉本兄弟の甲子園は終わった。卒業後は別々の道を歩んだ。正人は秋田市役所に就職し、軟式野球部で38歳までプレーした。宗人は秋田経法大 (現ノースアジア大) に進み、全日本大学選手権に出場。その後、教員として秋田経法大付コーチやノースアジア大監督を歴任。現在は地元企業に勤務しながら、NPO法人スポーツコミュニケーションで地元の子供たちを指導する。宗人 :子どもたちの気持ちに寄り添いながら、具体的に技術指導をしています。巣立っていた子が高校や大学、社会人で活躍したり、プロ野球選手になったら楽しいですね。(敬称略)

<記憶に残る選手>2006(平成18年) 能代商の 「タッチ」 工藤克也、達也選手。

tou2月5日は「ふたごの日」。家族があだち充氏の人気マンガにちなんで命名。能代商の 「タッチ」 は、身長167cm、体重62kgと同じ、50m6秒3の俊足も共通、違うのは打席 (克也 : 右、達也 : 左) と性格 (克也 : ツッコミ、達也 : もの静か) という双子内野手。夏の選手権大会では克也9番、達也6番。兄の名前は和也ではなく配慮して克也に(漫画では達也が兄)。<平成18年夏 能代市立能代商業高校登録選手> [投]石井匠(3、山本)、[捕]阿部雄介(3、能代二)、[一]○金谷健司(3、東雲)、[二]工藤達也(3、八森)、[三]工藤克也(3、八森)、[遊]熊谷裕史(3、東雲)、[左]小野友誠(2、能代二)、[中]笠原大輔(1、八森)、[右]近藤和樹(3、琴丘)、佐藤祐弥(2、東雲)、桧森真司(3、八竜)、小玉一希(2、二ツ井)、工藤浩正(3、八森)、小林友誠(3、峰浜)、北林敬也(2、山本)、工藤勇輝(2、二ツ井)、長谷川賢悦(2、東雲)、斉藤龍斗(3、峰浜)、石井雄大(3、山本)、木村壮秀(3、峰浜)、[部]高橋司、[監]工藤明、[記]佐藤和也(2、琴丘)。第88回秋田大会1回戦 能代商10-0花輪、2回戦 能代商3-2大曲、3回戦 能代商3-6秋田中央。キャッチフレーズ 「夏の仲間にありがとう」。

2013 平成25年 第79回大会優勝 秋田市立御野場中学校 鈴木黎投手(主将)

東北大会準決勝対仙台育英秀光戦(長沼球場)完投勝利印象的
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「巨人キラー ・ 石戸四六の全記録集-白球の軌跡」( 吉田一雄著 昭和56年刊 )

明治期に創業 大館市 吉田時計店(4代目 吉田一雄さん、89)令和4年 年内で閉店
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日本製鉄室蘭シャークス 小林俊己 外野手( 函館大主将-能代松陽-八森 )勇退

hakodate日本製鉄室蘭シャークス 小林俊己選手 勇退。<2019.11.26> 日本野球連盟北海道地区連盟は11月25日、2019年度北海道社会人野球ベストナイン、連盟表彰者を発表。小林俊己選手 (23=日本製鉄室蘭シャークス) がベストナイン外野手・新人賞を受賞。【2017.9.28】<北海道新聞> 「天国にいる父に良い報告ができます」。北海道六大学野球秋季リーグが9月26日、苫小牧市とましんスタジアムなどで行われ、函館大が2011年以来、12季ぶり9度目の優勝を果たした。主将としてチームを引っ張った3年の小林俊己選手(21)=秋田・能代松陽高=は、東日本大震災の津波で亡くなった父・正さん=享年(50)=と、その後の家族を支えてくれた母・郁子さん(52)に感謝を述べた。勝てば優勝する最終戦は延長十一回までもつれる接戦。小林主将は先制打を放つなど、2安打1打点と躍動した。1点を追う九回には50メートル5秒9の俊足を生かして内野安打で出塁し、同点のホームを踏んだ。外野手として道六大学の今季ベストナインにも選ばれた。小林選手は小学4年の時、兄尚平さん(27)の影響で野球を始めた。父の正さんは野球経験はなかったが、投球練習の的を手作りするなどして小林選手を応援した。しかし、小林選手が中学2年だった11年3月11日、正さんは秋田の自宅を離れ、建設作業員として仙台で海上工事に従事していた。津波にのまれ、遺体は福島県で見つかった。ショックは大きかったが小林選手はすぐ野球の練習を再開した。「野球で良い結果を残して、父に恩返しをしたかった」。高校卒業後は先輩を頼って函館大に進学。今春に野球人生初の主将を任され、まじめな人柄と外野からでも響く大きな声でチームをまとめている。父の死後は母の郁子さんが家族を支えた。介護事務員として小林選手の弁当作りを欠かさず、姉と兄の3人の子を育てた。この日は秋田県からフェリーと車で苫小牧を訪れ、「優勝は誇らしい。父も喜んでいると思います」 と話した。

秋田県出身 慶應義塾大学野球部OB選手 / 猿田和三 内野手 (主将、秋田-豊岩)

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2015.6 山岡政志・長英選手他多数輩出 秋田市下浜地区 ふるさと野球 健在!

05b59983令和4年度で閉校する秋田市立下浜中学校(三浦直樹校長、21人)の閉校記念式典が10月29日、同校で行われた(生徒や卒業生ら167人が出席)。下浜中は昭和22年に創立、生徒数減少のため来春に秋田西・豊岩と統合、名称は秋田西中、現在の秋田西中校舎を使用。<2017.1.25> 山岡剛さんJX-ENEOS新監督就任。<2015.6.20> 大友康二さん (元 秋田県教育庁保険体育課長)「時代を語る12 ふるさと野球、健在!」。<昭和51年春 秋田高 登録選手> 小林潔(3 能代二)○ 山岡長英(3 右右 178/75 下浜)小柳雅彦(3 八郎潟)佐藤薫(3 雄和)伊藤博幸(3 秋田北)竹内一弘(3 土崎)菅原寿(3 城南)庄司智一(3 土崎)桜田浩(3 山王)高山良一(2 秋田東)若狭芳博(2 秋田東)佐々木亨(2 五城目一)大友光喜(2 下浜)三平久孝(2 協和)小玉正志(1 五城目一)齋藤正直(1 山王)佐々木雅文(1 秋田東)[責]藤田幸雄[監]大久保正樹[記]下田学。<昭和51年春 秋田商 登録選手> 山岡政志(3 右右 168/64 下浜)後藤浩(3 羽城)進藤勝(3 山王)山田満(3 上小阿仁)佐藤強(3 外旭川)高桑仁(2 船川)宮崎好(3 船越)○ 武藤一邦(3 大曲)石井靖(3 鷹巣)藤原博道(3 羽城)秋元純一(3 成章)伊藤敏春(3 雄和)横山真司(2 秋田西)石黒日芳(2 秋田西)柏木一彦(1 船川)谷村鈴義(3 八郎潟)高橋秀孝(2 土崎)[責]佐藤正吾[監]今川敬三[記]古谷隆一。以下「広報あきた」より転載。夏空の熱い太陽が照りつけるグラウンドで、白球を追う選手たちの少年のような表情が印象的でした。戦争が終わって1年後に始まった「下浜ふるさと野球大会」は地域のたくさんの人に支えられ、今年第70回を迎えました。毎年お盆の時期の恒例行事に、県外からこの日のためだけに帰省するかたもいるのだとか。まさに新旧世代を超えて、下浜を愛するみなさんが育んできた “ビッグイベント” です。選手たちは、勝利をめざして真剣な表情で試合に臨みますが、いざ始まると、三振しても笑顔、エラーしても笑顔、ときに“愛情たっぷり”の味方からのヤジにはちょっと苦笑い。勝ち負けにこだわらず、旧友との親交を深めるのが何よりの楽しみです。2日間の熱戦を終え、バットを担いでグラウンドをあとにするベテラン選手の「まだ来年なぁ」のひとことに、みんなが「まだな」と、いつものように返します。下浜ふるさと野球大会 地域の “宝物” はこれからもずっとみんなの手で大事に受け継がれて行くことでしょう。下浜ふるさと野球大会には、出場選手の合計年齢が470歳以上の「エンジョイカップの部」もあります。
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