★ 備忘録 「熱球通信」 ・ 特定非営利活動法人秋田県野球フォーラム ★

「熱球通信」は特定非営利活動法人秋田県野球フォーラム会員有志による備忘録を兼ねた「秋田県野球」にこだわった私的ブログです。掲載している記録等については公式なものではありませんのでご注意願います。リンク等についてはオールフリーですので事前のメール等一切不要です。更新頻度は原則毎日の更新です。秋田県出身で県外に在住の方も念頭に更新していきますが、内容等一部については地元情報と時差が生じる場合があります。練習・親善試合の結果情報は原則掲載しません。また、コメント送信欄と掲示板については諸般の事情により対応していません。積極的な中学硬式野球・女子野球の紹介に努めています。

記録残る試合

秋田県内高校野球初ナイトゲーム 平成15年秋季中央地区決勝 秋田商-秋田中央

nig平成15年9月8日(月)秋季高校野球中央地区大会決勝戦 秋田商-秋田中央(こまちスタジアム)は、登録メンバー20人中、秋田商17人、秋田中央が16人出場の総力戦となり、秋田商が15安打の打線爆発で秋田中央の反撃を振り切り4年ぶりの地区優勝。降りしきる雨、ぬかるむグランドで、8回裏からは秋田県内高校野球では初めてとなるナイター試合に。<秋田商先発選手> [一]○ 佐々木陽祐(2、角館)、[右]田口嘉秀(1、羽城)、[三]菊地貴朗(2、天王)、[中]吉田良(2、八郎潟)、[左]渡部朗(2、潟西)、[二]伊藤秀平(2、出羽)、[捕]畠山慎太郎(1、金浦)、[投]三浦寛右(1、天王南)、[遊]鎌田将(2、太平)、佐藤剛士(2、上新城)、大高佑公(2、峰浜)、佐々木洋樹(2、西仙北東)、渡邊潤也(2、上新城)、小玉和之(2、八郎潟)、泉谷翔平(2、城南)、佐々木智樹(2、西仙北東)、鈴木潤(1、角館)、松橋亮(1、尾去沢)、大友陽介(1、山王)、三浦俊太(1、羽城)、[責]半田祐介、[監]小野平、[記]佐藤達哉(2、勝平)。<秋田中央先発選手> [左]加賀力哉(1、男鹿南)、[中]渡辺良太(2、山王)、[二]大友洋幸(2、秋田西)、[一]佐藤雄大(1、雄和)、[右]杉沼哲平(1、土崎)、[捕]渡部嘉岳(2、飯島)、[三]黒川諭(2、男鹿東)、[遊]鈴木長康(2、秋田東)、[投]信太悠佑(2、泉)、○ 小野了(2、秋大付)、金卓史(1、雄和)、田中貴大(2、御野場)、進藤友也(2、泉)、平井旭人(2、協和)、岩谷友倫(2、協和)、鈴木龍宏(1、外旭川)、若狭良平(2、秋田東)、小納谷祐(2、秋田東)、佐藤駿太(2、五城目一)、関健太(1、河辺)、[責]高橋学、[監]塚田博、[記]見上翔(1、飯島)。

能代松陽 三浦凌輔(2、大館東)森岡大智(1、合川)2試合連続無安打無得点勝利

北羽新報 / 森岡大智投手対大館国際戦無安打無得点(7回参考)
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兄は函館大 森岡大翔選手(能代松陽-合川)

能代松陽 三浦凌輔投手(2、大館東)令和3年 秋季地区大会 四死球1準完全試合

oda能代松陽 三浦凌輔投手(2、大館東)2021令和3年度秋季高校野球県北地区大会1回戦対秋田北鷹戦で四死球1の準完全試合(9奪三振、四球は8回先頭打者)。<2018.11.3> 第10回秋田県中学校秋季軟式野球大会登録選手。< 大館東 >[投]三浦凌輔(2、長木)、[捕]嶋田壮真(2)、[一]工藤音久(2)、[二]佐々木羚(2)、[三]菅原大雅(2)、[遊]能登谷俊(2)、[左]中村日和吏(2)、[中]○大久保馨都(2)、[右]大川輝(2)、佐々木雄陽(2)、虻川煌雅(2)、久根木遥己(2)、鳴海碧人(2)、佐藤由河(2)、田中真滉(2)、佐藤悠悟(2)、薮田絵人(2)、石倉大翔(1)、佐々木陽馬(1)、高橋昇汰(1)、[監]阿部剛士、[記]戸田和貴(2)。< 八郎潟 >[投]児玉凌海(2)、[捕]児玉昊輝(2)、[一]藤井大直(2)、[二]小玉啓太(2)、[三]信太凌翔(2)、[遊]佐々木陽向(2)、[左]田口琳久(2)、[中]○金子柊斗(2)、[右]村井愛琉(2)、秋本理璃杏(2)、土橋大和(1)、鎌田翔琉(1)、[監]三戸仁志。< 鳥海 >[投]佐藤央芽(2)、[捕]佐藤大成(2)、[一]眞坂晟斗(2)、[二]佐藤飛鷹(2)、[三]○佐藤海士(2)、[遊]今野駿(2)、[左]佐藤魁翔(2)、[中]村上結兜(2)、[右]小沼鷹斗(2)、太田陸斗(2)、太田脩斗(1)、[監]清野太樹。

2021 令和3年度秋季県北地区大会 能代松陽-秋田北鷹(8/27、能代球場)

能代松陽 三浦凌輔投手対秋田北鷹戦でノーノ―達成 自己最速138
ムッシュ亀吉>さん https://twitter.com/monsieur_kame
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記録に残る試合 / 1991(平成3年) 甲子園大会 秋田-大阪桐蔭 9回二死から

akita「高校野球心に残る名勝負・名場面」 大アンケートで取り上げられた試合。【寸評】土壇場9回二死から追いついた大阪桐蔭は延長11回に沢村がサイクル達成の決勝本塁打。<2009.5.22> 平成3年8月17日、甲子園初戦で相手の悪送球で北嵯峨にサヨナラ勝ちを収めた秋田(秋田大会優勝候補筆頭は中川、齋藤を擁する経法大付)は、続く優勝候補大阪桐蔭戦でも9回二死まで理想的な試合運びでほぼ勝利を手中に収めかけていた。ドラフト候補背尾投手の不調を突き、初回菅原勇輝の本塁打と連打で3点先制、投げても菅原朗仁が制球抜群で相手強力打線につけ入るスキを与えず8回終わって3-1。9回ドラフト候補荻原選手も倒れて勝利目前と思われたが、二死からの相手下位打線の悪夢の4連打で同点に追いつかれ、結局、延長11回3-4の逆転負け(北嵯峨戦スコアも4-3)。菅原朗仁の頭脳的投球が光った試合。秋田高はベンチ入り1、2年生が10人の若いチーム(試合時間2時間24分)。・秋田高校先発、[遊]千田匡(3、五城目一)、[三]戸賀瀬直紀(2、大内)、[捕]菅原勇輝(2、大潟)、[一]石井俊誉(2、泉)、[投]菅原朗仁(3、大潟)、[右]浅野太一(2、土崎)、[中]渡部喜一(3、秋田東)、[二]○ 佐藤幸彦(3、城東)、[左]平泉慶一郎(3、十文字)、小玉義幸(2、五城目一)、伊藤大輔(3、秋大付)、沢井直豊(3、城東)、伊藤慎作(2、秋田南)、嵯峨育生(2、下北手)、川村寿(1、八竜)、近藤八雲(2、五城目一)、佐々木優(2、秋田東)、[監]小野巧。

AAB秋田朝日放送社員選定 秋田の高校野球ベストゲーム(2000~2020)


AAB秋田朝日放送社員選定 秋田の高校野球ベストゲーム(1980~1999)


昭和56年7月27日 甲子園秋田大会決勝 秋田経大付-金足農 松本 桜庭 投手戦

o0800045013554159539記憶に残る試合。<2011.12.07> 秋田市在住Y氏のご厚意でビデオ観戦。決勝当日の7月27日は晴天、観衆13、000人の満員札止め、外野席も超満杯で人、人、人の山。解説は甲子園出場元本荘高校監督の吉田久男氏。試合は公式戦対戦4勝1敗の経大付断然有利との戦前の下馬評を覆す、右上 /  松本豊と右横 / 桜庭広喜の投手戦となる接戦で8回を終わって1-1。9回表二死から経大付浜野の決勝勝ち越し三塁打で春夏連続の出場 (夏初出場) を決める。個人的には経大付 土門重美二塁手がキーマンでした。経大付古城監督46歳、伊藤護朗部長34歳、金足農嶋崎久美監督33歳、豊島君男部長46歳、鈴木寿主将の試合後の勝利インタビューも若々しかった。主審常世氏の懐かしい名も。この大会は、合川と秋田南の健闘が光った大会。桜庭投手は思っていたアンダーハンドよりサイドに近い感じ、松本豊投手は足の上げ方が江川卓投手に似ていたと実感。八橋球場のボードも思いっ切り手書きでした。

記録に残る試合 / 2006平成18年7月17日 本荘-秋田商(グリスタよこて)

gsyokote-2令和3年第103回秋田大会決勝戦 開門から行列。<2006.7.17> 第88回全国高校野球選手権秋田大会3日目の7月17日、秋田商-本荘の2回戦を観戦しようと大勢のファンが詰め掛けた。春センバツ8強秋田商と18年ぶりの優勝を狙う第3シード本荘の大会序盤屈指の好カードということで、午前10時の試合開始前から入場券を求める観客が長蛇の列。午前8時半に由利本荘市の自宅を出たという男性(52、公務員)は球場に到着するとともに行列を目にし、「びっくりした。プロ野球でも考えられないような雰囲気」(新聞報道)。同スタジアムによると、この試合の入場者数は約6,000人。平成14年7月に行われたプロ野球イースタンリーグ・巨人-日本ハムの約5,500人を越え、同スタジアムでは最多の入場者数。試合は、本荘が応援スタンドも含め終始秋田商を圧倒し、球場は異様な雰囲気に。シードでこの試合初戦となる秋田商に必要以上の固さも見られ、本荘先発高橋の変化球(スクリュー)と直球のコンビネーションに惑わされ打線は散発5安打の完封負け(0-2)で3連覇の夢が絶たれた。入場券求めてとにかく並びに並んだ試合、球場内は試合開始前からヒートアップ (特に本荘サイド)。謙太、徹の本荘W鈴木選手がチームを牽引。<秋田商先発>[中]石井和仁(3、八郎潟)、[遊]工藤辰文(3、五城目一)、[一]○ 佐々木弘史(3、八郎潟)、[三]浅野友人(3、五城目一)、[右]小山田聡太(3、男鹿東)、[捕]鳥井将(3、八郎潟)、[左]寺門寛(3、山王)、[二]石田尊(3、仙南)、[投]佐藤洋(3、羽城)、白旗瞬(3、太田)、佐藤裕信(2、出羽)、渡辺裕之(3、勝平)、三浦亮(3、外旭川)、平岡達也(2、神代)、七尾理志(3、桜)、高橋拓己(1、将軍野)、煤賀一志(3、太田)、草彅一成(1、神代)、足利次郎(1、河辺)、吉田公(2、八郎潟)、[責]半田祐介、[監]小野平、[記]伊藤慎平(3、出羽)。<本荘先発>[三]東海林潤(3、本荘北)、[中]菅原勇太(3、本荘北)、[遊]鈴木謙太(3、本荘南)、[捕]○ 鈴木徹(3、本荘南)、[左]佐々木貴晃(3、由利)、[二]三浦健徳(3、仁賀保)、[右]伊藤卓(3、本荘南)、[投]高橋佑輝(3、本荘北)、[一]大平謙太朗(3、矢島)、田口達也(3、本荘北)、吉田大樹(1、出羽)、土田宗(3、矢島)、伊藤昭平(3、大内)、伊藤隆史(3、大内)、佐藤豪(3、東由利)、柴田雄介(3、本荘南)、鈴木友太(3、本荘南)、遠田伸一(3、仁賀保)、小松真文(2、本荘南)、麻生新(2、矢島)、[責]斉藤尚史、[監]尾留川徹、[記]伊豆しほり(3、本荘南)。

昭和61年夏 第68回秋田大会決勝戦 / 秋田県立秋田南高校 甲子園まであと半歩

21<秋田南高校登録選手> 後藤弘康(3、182/70、大曲)、佐藤和博(3、秋田西)、塚田義浩(3、城東)、栗林律人(3、城南)、太田博史(2、秋田西)、川村幸治(3、秋田南)、石綿伸朗(3、東由利)、○ 宮腰亜希也(3、泉)、武田順一(3、男鹿中)、平沢貴(2、秋田北)、八端朝雄(2、払戸)、長谷川智(2、下北手)、野中仁史(2、秋田北)、佐藤強(2、城南)、高橋利光(2、城南)、梶原弘正(3、城南)、追留秀勝(3、山王)、[責]渡部久夫、[監]赤沼新二。<秋田工業高校登録選手> 川辺忠義(3、城東)、川村健司(3、秋田西)、○ 長谷川和徳(3、土崎)、小形一成(3、土崎)、西村卓也(2、土崎)、佐藤天(3、泉)、佐々木勇人(3、城東)、南都一己(3、羽城)、船木吉秋(3、秋田東)、小田島務(3、協和)、千種一樹(2、八郎潟)、小玉匡仁(2、秋田東)、浅野聖(2、秋田西)、安田雄光(3、羽城)、塚田充秋(2、秋田西)、今野和義(2、平和)、鈴木正人(2、平和)、[責]安杖正昭、[監]石橋智。

朝日新聞 バーチャル高校野球 / 昭和61年夏 秋田南高校 甲子園まであと半歩!!

min令和3年第103回全国高校野球選手権秋田大会決勝 明桜-秋田南(こまち)。2018.5.01> 朝日新聞バーチャル高校野球 / 夏の甲子園の県代表の座は、球児にとって今も昔も最大の悲願だろう。秋田南は1964年の創部以来計3回、秋田大会の決勝に進んだ。だが、いまだに悲願はかなっていない。初の決勝進出は、第3シードで臨んだ86年の第68回大会。鋭いカーブが武器の本格派、後藤弘康さん (49) を中心に、並み居る強豪を制してきた。対する秋田工は、後にプロ入りする川辺忠義投手を擁し、チーム打率も3割5分を超えた。「相性が悪く、勝った記憶が無かった」。前日の準決勝からの連投だったが、赤沼新二監督からは 「死ぬ気で投げろ」 と言われていた。秋田南は初回から畳みかけた。川辺投手の直球を先頭打者がはじき返し、二塁打。犠打の後、3番打者の3球目。スクイズに慌てた川辺投手は捕球し損ね、内野安打に。先取点に秋田南のスタンドは沸いた。そこからは両投手の投げ合いとなった。後藤さんが意識したコースは外角低め。「『美学』 だからですよ。そこまで緻密には考えていなかったんです」。1点リードのまま迎えた5回、秋田南は1死一、三塁の好機を作った。後藤さんはスクイズを期待したが、サインは 「打て」。結局、右飛に倒れた。「まさに勝負のあや。少ない好機をもぎとらないと」 風向きが変わった。六回、被安打2だった後藤さんがつかまる。前日の準決勝で場外本塁打を放った4番打者に、意図せず四球を与えてしまった。一死一塁。「捕手で大柄」と無警戒だったが、初球で二盗を許した「チーム一の俊足だったそうです。情報不足だった」 5番打者は、第一打席に 「ど真ん中」 の直球で空振り三振していた。「今思うと、カーブだけをずっと待っていたんだと思う」 この打席。4球目の内角をえぐる縦カーブに、体勢を崩しながら食らいつかれた。打球は二塁手の頭上を越え、走者が一気に生還。試合は振り出しに--。7回、二死から打席に立ったのは秋田工の南都一己選手。カウントは3-1。外角低めを狙ったが、制球が乱れた。内角高めの球を振り抜かれた。左翼ポール際への本塁打。「こんなさばき方をするのか……」。淡々とベースを回る南都選手を見て、驚きとショックが入り交じった。最後まで追いつけなかった。「悔しさと疲れと、相手に向かい続けた孤独感があった」。ベンチの中で涙がこぼれ、宮腰亜希也主将と抱き合って泣いた。それでも、試合後の取材では 「このみんなで野球をやれて良かった」 と感謝の言葉があふれた。赤沼監督の誘いを機に、指導者の道へ。教員となった今でも、年3回は当時の仲間で集まる。「甲子園だけが全てではない。あうんの呼吸でわかり合える仲間を、卒業後も大事にしてほしい」(神野勇人) ※大仙市出身。明治大卒業後、角館や秋田工で監督や部長を務めた。昨春から秋田中央で部長。社会科教諭。

秋田さきがけ / 中仙中 山形琉唯投手(3、中仙)2回戦 対羽後中戦 完全試合達成

2021令和3年第103回全国高校野球秋田大会1回戦対由利工戦5安打完封
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2018 平成30年 第84回秋田県少年野球大会2回戦 中仙-羽後

高円宮杯第41回全日本学童秋田県大会 準々決勝 矢島-八郎潟(7/3、元木山)

準々決勝 矢島17-16八郎潟(延長10回タイブレーク)
マチョマギョ>さん https://twitter.com/StunfiskMachoke
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記憶に残る試合/ 青山学院大学6年ぶりの日本一に貢献 夏井一志内野手(秋田商)

si2d92cd99平成17年6月13日、全日本大学野球選手権大会決勝 青山学院大(東都大学)-近畿大(関西学生)、9番遊撃手で先発出場(それまで三振、三振、一邪)の夏井一志選手(4、#6、秋田商-天王)は延長10回裏二死二、三塁の場面で右前安打し一塁へヘッドスライディング、同学の4度目の大学日本一に貢献。リーグ戦首位打者が大会直前に故障したことによる代役抜擢出場とはいえ、殊勲の右前打はフラフラとしたものながらまさに魂の込もった一打であった。試合後の夏井選手の談話 「夢だと思った。奇跡って起こるんですね」。同選手は、秋田商入学直後の1年春のリーグ戦から正遊撃手で出場。・青山学院大学武藤元昭学長:今シーズンの野球部は、決して下馬評は高くなか ったのですが、チーム一丸となった見事な戦いぶり だったと思います。全日本大学野球選手権大会の決勝戦で、ケガで 欠場した強打者の円谷(英俊・経済学部3年)君 の代役を務めた夏井(一志・文学部4年)君が放 った渾身のサヨナラ打は、その  “全員野球”  を象徴する感動的な出来事でした。今回は、誰か飛び抜けた選手の力ではなく、“全員 野球” という形で日本一に輝いたということが、大 きな意味を持つように思います。実に青山学院大学らしい勝利です。

秋季秋田県大会初日に県立球場が超満員 平成10年秋田県大会 金足農-秋田商

1998924529b3d0d青山学院大 河原井正雄監督(平成9年当時)「秋田商の1メートル80はある1年生の右投手がいいボールを投げていた」。大会初日から強豪校のつぶし合いとなった1998 平成10年 秋季東北地区高校野球秋田県大会(敗者復活制度なし) 金足農-秋田商 (9/23、14:00~)夏甲子園出場金足農(秋田大会決勝金足農17-16秋田商)対伊藤大悟投手擁する秋田商 (勝者は次戦で経法大付対合川の勝者と対戦) は大会屈指の好カードということに加えて当日の好天も手伝ってか秋田県立球場は人、人、人の山で試合前から異様な雰囲気に。秋田県大会初日にこれだけの観客が詰め掛けたのは記憶になく、試合内容も期待に違わない金足農北嶋投手と秋田商伊藤投手の見ごたえある投手戦となった。試合は金足農が初回の中川大輔選手の先制三塁打で辛勝典型的なスミ1のゲームだった。▲秋田県立金足農登録選手[投]北嶋尚之(2右/右178/70八郎潟)[捕]佐藤光栄(2上新城)[一]小松正樹(2十文字)[二]腰丸亮太(2八竜)[三]中川大輔(2天王南)[遊]高橋東建(2川内)[左]小松宏行(2城東)[中]柴田千諭(2仁賀保)[右]嶋崎大輔(2五城目一)佐川顕仁(2協和)徳原好樹(2羽城)佐々木悠希(2大内)藤原寿人(2河辺)畠山真也(2外旭川)太田貴久(2将軍野)佐々木浩樹(1八竜)中村亨輔(2将軍野)佐藤学(2上新城)中川正志(2秋田北)近藤康弘(2琴丘)[責]浅利吉晴[監]嶋崎久美[コ]中田稔[記]椎川健一。▼秋田市立秋田商登録選手[投]伊藤大悟(2右/右180/73城東)[捕]佐藤正巳(2西仙北東)[一]片桐広勝(2山王)[二]大平達也(1城東)[三]水戸正人(1藤里)[遊]佐々木嘉晃(2河辺)[左]平泉慶人(2五城目一)[中]薄田健(2五里合)[右]田村彰啓(1西仙北東)伊藤豪(1石沢)進藤洋司(1協和)佐藤卓生(2天王)菅原寛仁(1羽城)佐藤雄樹(2五城目一)佐々木連(2秋田南)長谷部幸太(1雄和)佐々木隆太(2泉)浅利正俊(1城東)日下部哲也(1本荘南)工藤乾一(2琴丘)[責]上杉清博[監]小野平[コ]中泉一豊[記]阿部陽一。

平成21年7月18日 / 第91回 秋田大会 伝説の雨中の準々決勝 西目-秋田中央

3383ee37-s令和3年5月30日、春季秋田県大会2回戦 由利-秋田修英(こまちスタジアム)も中断頻発の雨中延長戦タイブレークで決着。・2009平成21年 第91回全国高校野球選手権秋田大会準々決勝 西目-秋田中央 (こまちスタジアム) は、西目が第2シードの秋田中央を9回サヨナラで下して4年ぶりのベスト4進出。試合は、初回に先制した西目が9回に逆転を許したが、土壇場に代打の切り札村上智弥 (3、矢島) の一打で再逆転。土砂降りの雨の中のまさに泥んこまみれの一戦、ボールが途中で止まっていました。長い観戦歴の中でも数本の指に入る雨中泥まみれの激戦 (農業高校が前身の西目に一日の長?)。[西目投手継投]六平 → 山崎、[秋田中央投手継投]叶谷 → 佐藤快 → 大友 → 本山。 <秋田中央先発オーダー> [左]坂本光紀(3、城東)、[三]本山裕太(3、外旭川)、[中]○ 佐藤良介(3、山王)、[右]高橋大博(3、城東)、[一]下釜洸澄(3、飯島)、[捕]安藤弥(2、城南)、[二]佐藤晟人(2、秋大付)、[投]叶谷幸太郎(3、山王)、[遊]嵯峨智仁(1、男鹿東)、佐藤快(3、泉)、齊藤和(3、八郎潟)、大友皓喬(2、御野場)、川村聡太(3、泉)、冨田克明(2、協和)、工藤慶亮(2、秋大付)、谷藤圭太(2、鷹巣)、須田博典(3、泉)、安藤正純(2、秋田西)、佐藤拓(1、土崎)、富樫貴政(3、秋田北)、[責]和田史穂、[監]桑原康成、[記]加藤友晃(2、将軍野)。<西目先発オーダー> [遊]○ 須田雄人(3、仁賀保)、[二]佐藤匠(3、鳥海)、[三]高橋健斗(3、岩城)、[中]山崎健斗(3、象潟)、[一]池田翼(3、岩城)、[左]佐々木光(2、由利)、[捕]高橋茂臣(3、鳥海)、[右]菊地幸寿(3、象潟)、[投]六平希(2、仁賀保)、佐藤勇汰(3、金浦)、高橋健太郎(3、鳥海)、平元大輔(3、出羽)、武藤雄也(3、岩城)、渡辺慎吾(2、西目)、伊藤賢吾(2、象潟)、三浦祐輔(2、矢島)、佐々木翔弥(3、出羽)、柳田潤生(3、大内)、村上智弥(3、矢島)、三浦泰史(1、矢島)、[責]沼澤優、[監]石川聡、[記]小番瑞綺(3、矢島)。

1979/ 昭和54年 大館鳳鳴 第27回春季東北地区高校野球秋田県大会 初優勝

9ffb6fa9-s昭和54年5月27日、大館鳳鳴が秋田商との決勝戦に延長13回の接戦の末3-1で勝利して初優勝。大館鳳鳴 / 吉原忠敏-斎藤義浩、秋田商 / 高山郁夫、安保浩幸-佐藤文信。この時期の大館鳳鳴ヘルメットはWASEDAカラーのエンジ色。<大館鳳鳴先発>[中]滝沢竜明(3)、[遊]吉田茂雄(3)、[右]中嶋善茂(3)、[捕]斎藤義浩(3)、[一]○ 大越和人(3)、[三]小林博隆(2)、[左]戸田勝広(2)、[投]吉原忠敏(3)、[二]奥村昌樹(2)、佐藤和明(3)、福士隆郁(3)、松岡倫之(3)、富樫勝浩(3)、佐藤光博(3)、武藤裕喜(2)、桝屋隆二(2)、伊藤英規(2)、[責]松江長成、[監]若松清幸、[記]佐藤智(2)。<秋田商先発>[二]佐藤義己(3)、[三]○ 菅原一夫(3)、[遊]横山幸悦(3)、[中]佐藤康二(2)、[左]畠山哲人(2)、[一]熊谷和秋(2)、[捕]佐藤文信(3)、[投]高山郁夫(2)、[右]千田正人(3)、田口淳(3)、安保浩幸(2)、籾山市男(3)、薄田勝也(2)、後藤直哉(1)、鳴海一元(2)、川尻義信(2)、小山大(3)、[責]登利谷重郎、[監]三浦第三、[記]湊雅彦(3)。

令和3年春季県南地区高校野球大会 決勝 湯沢翔北-角館 高村侑也選手サヨナラ打

<白球の詩>さん https://twitter.com/Capu8a4V1V4KMWF
湯沢翔北 高村侑也選手(3、湯沢南)

平成22年春季秋田市内リーグ戦 / 秋田商 片岡元気投手 対金足農戦無安打無得点

平成22年4月25日 春季高校野球秋田市内リーグ戦 (こまち)
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- 金足農 藤原和幸投手(秋田北)も粘投 -

三沢(青森)との決勝戦で史上初の延長18回引分け再試合 松山商 一色俊作監督

o06400436143510999488月13日の決勝戦 松山商-三沢、甲子園の名勝負と言えば、この試合を挙げる人も多い。元祖アイドル三沢太田投手と松山商エース井上の一歩も譲らない投手戦で延長18回を終えて0対0。<2013.4.25> 一色俊作元松山商高野球部監督、2013 平成25年 4月24日 午前5時、虚血性心不全のため松山市内の自宅で死去、75歳。1990(平成2年)にも愛媛新田高校を率いて春センバツ大会準優勝。<2012.5.28> 甲子園の名勝負再び。1969(昭和44年)夏の甲子園決勝で延長18回の末、引き分け再試合の名勝負を演じた三沢高(青森)と松山商(愛媛)が平成24年6月3日(日)、弘前市営球場で対戦することに。OB同士の試合は過去あったが、現役の対戦は43年ぶり。今回の試合は、1967年夏の甲子園で準々決勝に進んだ東奥義塾が創立140周年記念事業として企画し実現(東奥義塾も松山商と対戦)。 松山商9-3三沢。

令和2年4月23日13時20分逝去 目黒公介選手(金足農-男鹿南、享年34歳)

423平成14年度第24回全国中学校軟式野球大会東北予選会(青森県)の大会運営の迷走ぶりが多くの紙面で取り上げられた。準決勝予定当日、雨天のため大会本部は急遽試合会場を青森市営球場からスポーツランド水沢球場に変更、この間の移動距離 約250km、午後2時頃現地に到着してみると水沢市も土砂降り状態、午後4時前に雨が小降りになると今度は 近くの胆沢町民球場で試合開始と発表。が、またしても雨脚が強くなりようやく大会本部は試合開始を断念して雨天順延を決定 (翌日も雨天順延)。この間に要した時間約8時間。これもそれも全国大会が目前に迫っており、代表校選出のために試合消化を優先させようとしたことによるもので、当然のこながら大会運営に批判が続出 (最終的に準決勝は秋田県のスタジアム大雄と平鹿町営球場、決勝は平鹿町営球場)。肝心の秋田県勢の準決勝は、雄和1-6天童三(山形)、男鹿南1-2河北(宮城)と、共に敗退して全国大会出場はならなかった。<雄和町立雄和中学校登録選手> [投]金卓史(3)、[捕]佐藤瑛彦(3)、[一]池田勇人(3)、[二]池田圭佑(3)、[三]佐藤農(3)、[遊]○ 珍田真樹(3)、[左]伊藤慎一(3)、[中]長谷川恵太(3)、[右]佐藤雄大(3)、佐藤雄太(3)、長谷川公彦(3)、高橋勇人(3)、佐藤一平(3)、佐藤広大(3)、金雄矢(3)、伊藤十夢(3)、鎌田裕輔(3)、菅原達也(3)、小白川宮貴(2)、浅野潤也(2)、[部]國安裕[監]菅原吉伸[記]永澤慶大。<男鹿市立男鹿南中学校登録選手> [投]澤木雄一(3)、[捕]柴崎達徳(3)、[一]菅原佑太(3)、[二]大友晃太(3)、[三]加藤友幸(3)、[遊]○  宮崎翔平(3)、[左]本川慎一(3)、[中]加賀力哉(3)、[右]目黒公介(3)、吉田淳一郎(3)、鎌田慎太郎(3)、秋山克也(3)、目黒雄(3)、近江隆(3)、安藤竜也(2)、中川陽介(2)、加藤翔(2)、山下恭平(2)、安田直紀(2)、石垣亮(2)、[責]木村守人[監]櫻庭豊[コ]畠山正人[記]目黒裕也。

記憶残る試合 /1999 平成11年 全日本少年軟式野球大会 Akita中クラブ

chuugakusenbatu松橋隆普実広島東洋カープブルペン捕手。<2020.2.03>1999(平成11年)に横浜スタジアムで行われた第16回全日本少年軟式野球大会決勝、Akita中ク (秋田県選抜) は鹿島東部中ク (佐賀県) と対戦し、2度の満塁好機を得点に結びつけることができず、2-5で敗れ準優勝。当時の紙面は 「悔しさよりも充実感」 と紹介、大会4連投 菅原健太 投手(羽城 → 金足農)も 「決勝は精神的な疲れが出て、納得のいくピッチングがではなかったが、ここでプレーできたことが一番うれしい。少しは自信がついた」 と語っている。大会初期の頃は、夏県大会予選で敗れた学校が単独チームで出場していたが、その後は Akita中ク (全県少年野球大会に出場できなかったチームから選抜) として大会に出場。<Akita中クラブ / 決勝戦先発> [遊]幸村義仁(3、羽城)、[左]藤原央雅(3、大館一)、[中]堀内誠(3、田代)、[捕]○ 松橋隆普実(3、尾去沢)、[右]熊谷勇兵(3、秋田西)、[一]手塚隼也(3、大曲)、[三]竹村優児(3、大曲)、[二]工藤壮史(3、城東)、[投]菅原健太(3、羽城)。板垣守(3、由利)、成田翔(3、藤里)、篠田陽介(3、本荘北)、佐藤裕太(3、雄物川)、菊地稔(3、能代東)、阿部真也(3、皆瀬)、武田将貴(3、男鹿中)、荒川翔太郎(3、将軍野)、田中泰貴(3、琴丘)、阿部敏充(3、稲川)、遠藤勇樹(3、東由利)、[監]菊地俊博、[コ]松尾弘、小西正人、[マ]渡部鋼喜。

1993(平成5年) 秋季東北高校野球大会 準決勝 東北-秋田経法大付(山形)

bbb89d87能代リトルシニア新監督に米村洋志コーチ就任。<2016.10.08> 小野仁投手とライバル左腕だった西武嶋重宣外野手(37)2013シーズン限りで現役引退。試合時間が4時間を超える4時間15分の大激戦 (山形県野球場)、延長16回二死3塁からの右前安打で経法大付0-1Xのサヨナラ負け。小野、嶋両左腕投手の奪った三振は計45 (小野26、嶋19)。経法大付は嶋投手から7安打(三塁打鈴木、二塁打高橋)6四死球も球速とコンビネーションにもかわされて力負けの感は否めなかったが、もし、この試合に勝利していたら平成2年以来の秋田県勢2校センバツ出場も現実味を帯びていた。<秋田経法大付先発メンバー> [二]米村洋志(1、山王)、[三]佐々木由紀(2、雄和)、[左]鈴木敦則(2、土崎)、[一]田口潤(2、豊成)、[捕]高橋敬史(2、秋田東)、[投]○小野仁(2、泉)、[中]古田岳大(2、馬込)、[遊]佐藤信行(2、潟西)、[右]佐々木貴幸(1、中仙)、藤田主史(2、藤里)、工藤裕次郎(1、秋田東)、斎藤敬悦(2、刈和野)、武藤雅人(1、平和)、袴田悦章(1、能代南)、児玉泰司(2、花輪二)、最上新悟(2、岩岡)、木村博文(2、花輪二)、[部]古谷孝男、[監]鈴木寿、[記]出雲大輔。

平成10年夏秋田大会決勝戦 金足農劇的逆転、17-16で秋田商との死闘制す。

sui2021年の野球殿堂入りが1月14日発表され、特別表彰で1996年アトランタ五輪日本代表監督の川島勝司氏(77)とノンフィクション作家の佐山和夫氏(84)が選出。・佐山和夫著「野球、この美しきもの。アメリカン・ベースボールと秋田野球」(水曜社)でも紹介。平成10年7月26日 第80回全国高校野球秋田大会決勝 金足農-秋田商は、金足農が9回二死から驚異の粘りで5点を奪い、逆転勝ちして甲子園切符を手中に。試合時間3時間28分、金農18安打、秋商21安打、延長ではなく9回のスコアで17-16の両チーム29人出場総力戦。<審判団>主審:堀内、塁審:庄司、佐川、小玉。<ラ本>中川(金)、<三>畠山(金)、菅(秋)、<二>菅原、柴田、吉田(金)、菅、川守田、鎌田、佐々木雄、荻原、佐藤一(秋)、<金足農投手交代>畠山(4 1/3)-田口(0/3)-北嶋(3 2/3)-佐藤佑(1)、<秋田商投手交代>伊藤大悟(2)-信田道輝(2/3)-荻原雄介(6)-佐々木雄志(0/3)-小松一行(1/3)。<金足農業高校先発>[中]柴田千諭(2、仁賀保)、[二]矢嶋賢吾(3、男鹿北)、[捕]○吉田朋広(3、将軍野)、[左]佐藤佑(3、城東)、[右]奥善行(3、男鹿東)、[三]中川大輔(2、天王南)、[一]菅原義人(3、協和)、[投]畠山雄大(3、男鹿中)、[遊]腰丸亮太(2、八竜)、小松宏行(2、城東)、金田一浩(合川)、田口正也(3、河辺)、佐藤光栄(2、上新城)、吉山悟哲(3、大館一)、高橋東建(2、川内)、千田伸(3、八郎潟)、安田善八(3、男鹿北)、北嶋尚之(2、八郎潟)、藤原茂樹(3、角館)、安田一哲(3、山本)、[部]浅利吉晴、[監]嶋崎久美、[記]小林成光(3、天王南)。<秋田商業高校先発>[中]豊嶋雄樹(3、協和)、[二]鎌田信幸(3、城東)、[遊]○佐々木雄志(3、勝平)、[一]田村彰啓(1、西仙北東)、[三]船木直人(3、飯島)、[右]川守田寛(3、土崎)、[左]佐藤一弘(3、八郎潟)、[捕]菅哲哉(3、雄勝)、[投]伊藤大悟(2、城東)、信田道輝(3、西仙北東)、荻原雄介(3、秋田東)、佐藤卓生(2、天王)、佐藤素啓(3、城東)、佐々木偉幸(3、城東)、佐々木嘉晃(2、河辺)、佐々木隆太(2、泉)、薄田健(2、五里合)、小松一行(3、城南)、那須一巳(3、大正寺)、坂本敦(3、勝平)、[部]上杉清博、[監]小野平、[記]佐藤記一(3、土崎)。

昭和58年10月12日 秋季東北大会決勝戦 金足農-大船渡 延長16回の白熱戦

oo<2018.4.25> 訃報 / 半田英生選手逝去。1983 (昭和58年) 10月12日、第36回秋季東北地区高校野球大会決勝戦 金足農-大船渡 (岩手県営)は、延長16回の白熱戦となり岩手県代表大船渡が優勝、金足農の東北初制覇の夢は持ち越しに 。試合は金足農が序盤の2回に2点先制も大船渡が4、5回に1点づつ返し試合は延長戦に、16回の表、大船渡が逆に2連続二塁打で逆転、金足農もその裏、鈴木の適時打で1点差と詰め寄るも後続が併殺打で試合終了、金野・水沢両投手完投、試合時間3時間56分、無失策試合、大船渡4番鈴木選手水沢投手から本塁打、[金足農](三塁打)水沢、(二塁打)工藤2、水沢。<平成58年秋東北大会決勝戦金足農先発> [三]大山等(2、琴丘)、[中]斎藤一広(2、雄和)、[遊]工藤浩孝(2、八郎潟)、[投]水沢博文(2、秋田北)、[捕]○長谷川寿(2、五城目一)、[一]鈴木善久(2、五城目一)、[左]山崎里史(2、下浜)、[二]小玉勇樹(1、五城目一)、[右]柏谷安彦(2、秋田北)、石塚昭彦(1、河辺)、安田卓(1、秋田北)、半田英生(2、井川)、石田則嗣(1、秋田北)、佐藤学(2、天王)、小玉文隆(1、羽城)、佐藤俊樹(2、船川)、浅野和幸(2、井川)、館岡明(1、五城目一)、原田好二(1、船川)、小林誠(1、秋田南)、[部長]豊島君男、[監督]嶋崎久美、[記録]鳴海猛(2、八郎潟)。
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