ogati<平成5年7月、飯島智則記者> 「野球が好きだから」。事故で左手の指すべてを失いながら、その思いを貫いている球児がいる。雄勝の千葉竜也投手(3年)はハンディにもめげず、エースで主将、チームの大黒柱として、夏1勝を目指す。指のない方の左腕でグラブを支え、投球と同時にそれを右手にはめる。大リーグのアボット投手と同じ方法だが、これはマネしたものではない。千葉自身が試行錯誤の末、開発したのだ。小学1年の時、牛のえさを作る機械に手を挟まれ、左手のすべてを失った。しかし「野球をやる上でハンディになっているとは思わない」とキッパリ言う。そのグラブさばきには定評がある。野球を始めた小学4年から高校1年の秋までは、外野手をこなしていたほどだ。「野球をやると言った時は驚きました」と母親の美代子さんは当時を振り返る。だが、左手を隠そうとする千葉に、「ポケットに手を入れるな」といい続けてきた美代子さんは、千葉の申し出に反対はしなかった。「野球が好きだからやる」と言う前向きな言葉に、美代子さんは感激したと言う。野球を始めてからは、ギブスをはめることも拒否している。
「野球が好きだから」。今もその言葉に変わりはない。昨年の暮れに、野球部ではトレーニングに対する部員の不満が爆発し、集団退部騒動が起きた。部に残ったのは千葉と渡部裕行(3年)の二人だけになってしまったが、「試合に出られなくても、二人で野球を続けよう」と練習に励んでいた。数ヶ月後、辞めた部員が「もう一度やりたい」と言って帰ってくると、それまで副主将だった千葉が主将として部をまとめることになった。「試合に出られることが一番うれしいです」。甲子園出場、試合に勝つ、といった目標の前にある、一番大事な「野球が好き」という気持ちを忘れてはいない。今年になってから、チームにまだ勝ち星がない。好きな野球を一試合でも多くやるために「何とか初戦を突破したい」。1回戦の相手は、千葉が1年のとき、高校生としての初ヒットを放った十和田だ。「強豪チームですが、向かっていきます」。そういう千葉の顔には、野球で培った自信があふれていた。
平成5年夏 秋田県立雄勝高校登録選手> ○千葉竜也(3、雄勝)、太田直郎(2、雄勝)、箭田克徳(3、雄勝)、藤田浩昌(1、湯沢北)、金子泰則(2、雄勝)、高橋憲(1、雄勝)、泉信行(2、湯沢南)、姉崎武晴(1、雄勝)、渡部裕行(3、須川)、鈴木雅也(1、雄勝)、斎木尊義(1、雄勝)、柴田博樹(2、雄勝)、高橋幹男(1、雄勝)、村上要(1、須川)、高岡克宜(1、雄勝)、八柳忠(1、湯沢南)、[責]藤井達夫、[監]斉藤真一