s61秋田県立秋田工業高校機械科卒、家族で野球経験者はなし。過去に1軍経験のないまま人的補償で移籍したのは3人で、1人目は1995年オフに日本ハム河野博文投手の巨人への移籍に伴い日本ハムへ移った川邉忠義投手。1989年1ドラフト2位入団も巨人在籍6年間で1軍登板なし。移籍1年目の1996年に17試合登板で1勝3敗、防御率4.89、1軍出場はこの年だけで1997年限りで現役引退。<2012.3.19> 大阪桐蔭藤浪晋太郎投手1m97、花巻東大谷翔平投手1m95.<センバツに出場した主な長身投手>1972年に全国制覇した日大桜丘(東京)のジャンボ仲根こと仲根正広投手1m93、翌1973年横浜の永川英植投手1m90、1977年に12人の「24の瞳」で準優勝高知中村の山沖之彦投手1m91、東北ダルビッシュ有投手1m95。<2011.10.03> かつて190センチを超えるような好投手が甲子園に出てくると、決まって「 ジャンボ ○○ 」という呼び名がついた。印象深いところではジャンボ仲根(近鉄-日大桜ヶ丘)、ジャンボ宮城(ヤクルト-横浜商)。20~30年前であれば松本竜也投手(193cm、英明)もおそらくそう呼ばれていたであろう。