JR秋田 山田一貴選手勇退。【2011.8.09】地方大会の打撃不振を払拭する見事な3安打 (本塁打が出ていればサイクル) でチーム初の甲子園勝利に貢献。【2011.8.01】甲子園2度目能代商山田一貴主将 (3、能代南) は、尊敬する元阪急投手山田久志氏から秋田大会決勝後に直接連絡をもらい、「初戦までに宿舎に来てくれるということなので、しっかりと打つところを見せられれば」 と燃えている。「偉大な投手が親戚」 であることは幼少期から知っており、9歳からプロにあこがれて野球を始め、能代市に帰省中の山田氏と対面した際には 「もっと食べて太くなれ」 と食事をごちそうになった。山田氏のアドバイスを守り、1年間で62キロから10キロ増量、打球の鋭さも増した。能代南中3年時には投手に挑戦したこともある (上手) が、制球定まらず四球の連続で断念、それでも山田氏のサイン 「栄光に近道なし」 を支えにしてきた。祖父から聞いた 「久志は高校時代は無名だったけど、社会人 (富士鉄釜石) に進んでも頑張ってプロに行った」 という話から自分に出来る地道な努力を続けた。山田氏も出場できなかった甲子園は、両親を亡くした山田選手を育ててくれた祖父母への恩返しの舞台でもある。※ 能代商は平成25年4月に能代北 (女子校) と統合予定。生後5カ月に母 基子さん (享年35) をがんで、中学2年時に父 義信さん (享年47) をがんで亡くし、以後は祖父 久栄さん (73) と祖母 シゲ子さん (74) が山田選手の両親代わりに。
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