004142kimutakimutaku<スポーツ紙> 37歳でこの世を去った元巨人のコーチの命日に、ファンらが花を捧げ在りし日を思い返した。2010年4月2日にくも膜下出血で倒れ、5日後に帰らぬ人となったのは木村拓也さん。当時、1軍内野守備走塁コーチを担当しており、マツダスタジアムでの広島戦を前に行われたシートノック中に倒れ込み、緊急搬送された。現役時代もユーティリティープレイヤーとして活躍し、ファンから愛された木村さん。2軍施設のジャイアンツ球場近くにある木村さんの手形プレートの前には花が供えられた。この様子を球団公式X(旧ツイッター)が公開。ファンからは「天国にてジャイアンツの事を見守っていてください」「心の中で生き続けています」「勝利の報告ができて本当に良かった」などの声が寄せられている。<2023.4.8> 球団公式ツイッター「ここ広島の地で、木村さんがかつて所属した読売ジャイアンツと広島東洋カープ両チームの健闘を祈ります」。<2020.4.8> スポーツ報知|現役最終年の09年に緊急捕手として10年ぶりにマスクをかぶったキムタクさんの自己犠牲、全力プレーの精神は着実にチームに受け継がれている。(略) 木村さんが広島の病院で亡くなった10年4月7日、阪神戦(甲子園)で中堅手でダイビングキャッチで勝利に貢献したのが現在の松本哲也2軍外野守備走塁コーチ。「タクさんのような全力プレーを」と継承し「木村コーチ」と同じ背番号「84」で若手に経験を伝えている。<2011.2.15> 巨人木村卓也コーチ(享年37)の記念レリーフ母校宮崎県立宮崎南高校に設置、2月15日除幕式。顕彰レリーフ序幕式には、清武巨人軍球団代表・内海、谷選手が出席。レリーフに刻まれている「 一生懸命 」の文字は巨人軍清武代表の揮毫。<2010.10.09> 日本テレビ系「ドキュメント’10 木村卓也が愛された理由」(30分枠)10月10日深夜放送。2010年4月にくも膜下出血で読売巨人軍の木村卓也コーチが亡くなってから約半年、悲しみを乗り越えて生きる家族の姿を描く。<2010.7.31>「一生懸命 木村拓也 決してあなたを忘れない」木村由美子著(中央公論新社)。急逝した夫・木村拓也との短かった結婚生活、誰からも愛された人柄の秘密、彼が遺したメッセージ・・・・・・。読んだ後、思わず家族を抱きしめたくなる一冊、続々重版。「究極のスーパーサブ」といわれた木村拓也選手との短かった生活、誰からも愛された人柄の秘密、彼が遺したメッセージ……彼を見守り、支え続けた妻が、夫・木村拓也の半生を語る、定価1,260円(税込) 。