mark2021令和3年第87回全県少年野球大会決勝戦ABSラジオ中継 解説 / 加藤肇(元秋田商監督)実況 / 藤田裕太郎・過去に、秋田県勢 「大旗」 白河越えの期待が持てたチームが何校かあったが、昭和51年(58回)の秋田商もまさしくその1校だった。好投手 山岡政志 (下浜) と4番武藤一邦 (大曲) を中心とした強力打線が野球ファンをその気にさせていた。特に 「秋田県歴代最強」 と言われた打線は、トップの石井から切れ目がなく、他校投手陣の脅威に。軸となったのは、四藤のスラッガーカルテットだった。その片鱗を見せたのが前年秋の東北大会(秋田県)の対東北高校戦、本格派投手相手に後藤のランニングホームランを含む猛打爆発でコールド勝ち、山岡も完封。が、続く福島学法石川戦でのよもやの敗戦で翌春センバツ出場は逃がした。そして、翌年夏の青森県との奥羽大会、決勝では、大会前に今川敬三監督を交通事故で失いながらも、宿敵秋田高校を11-1の大差で下し、その実力を周囲に見せつけた。秋田商は前年も2年生主体で、初戦地元洲本に9-0で勝利しており、地元ファンの期待もヒートアップ。が、甲子園では初戦から強豪校と当たるクジ運のめぐり合わせか、初戦強豪宇部商には4-3で辛勝したが、次戦の優勝候補天理戦では、山岡投手得意のシュートがボールと判定されるなどの不運もあり、延長の末4-5での惜敗。秋田県民の夢はついえた。が、今でもあの力強い 「秋商強力打線」 は脳裏から離れることはない。その後、佐藤と後藤は社会人へ進み、進藤は金融機関に就職し野球から離れた。主将の武藤は、高校全日本メンバーの一員として韓国遠征、ドラフト会議でパ・リーグの南海ホークスから1位指名されている。(敬称略) ※平成9年7月 「熱球通信」 からの再掲。<昭和51年夏 秋田商 登録選手> 山岡政志(3、167/63、下浜)、後藤浩(3、169/72、羽城)、進藤勝(3、186/83、山王)、谷村鈴義(3、165/64、八郎潟)、佐藤強(3、177/77、外旭川)、高桑仁(2、176/72、船川)、宮崎好(3、170/68、船越)、○武藤一邦(3、183/78、大曲)、石井靖(3、177/79、鷹巣)、藤原博道(3、177/67、羽城)、秋元純一(3、176/73、成章)、石黒日芳(2、174/72、秋田西)、山田満(3、173/71、上小阿仁)、高橋秀孝(2、176/67、土崎)、[責]佐藤正吾、[監]加藤肇。