<両丹日日新聞>京都府福知山市の京都共栄学園高校に、全身大やけどの重傷を乗り越え、甲子園をめざす球児がいる。今夏には、大好きなプロ野球阪神タイガースで活躍するランディ・メッセンジャー投手(37)から激励を受けて勇気づけられた。大勢の人の応援を受け、目標に向かって努力を続ける。1年生で左投げの投手・三木慶太君=六人部中学=。地元の軟式野球チーム下六レッズで小学1年生から野球を始めた。投手として起用されるようになった矢先、惨事に巻き込まれた。小学5年生だった5年前、福知山花火大会の屋台爆発炎上事故で体の4割近くをやけどする重傷を負った。入院は約半年にも及んだ。後遺症で左腕の汗が出ず、体温調節がうまくできない。可動範囲も狭まった。それでも、こつこつと続けたリハビリのかいがあり、退院して間もなく、チームの練習に参加した。中学校の野球部では一塁を守った。高校入学後、野球部への入部をためらっていたが、4月末に神前俊彦監督(62)に 「全身やけどしていますが、入れますか」 と申し出た。神前監督は 「大丈夫。君が頑張ることで、いろんな人に勇気を与えられる」 と背中を押した。高校から投手に復帰した。7月中旬、このことを知ったメッセンジャー投手が、三木君を勇気付けたいと、サイン入りのユニホームや著書 「ランディ・メッセンジャー~すべてはタイガースのために」(洋泉社) などを贈ることにした。著書には 「努力し続けることだ。幸運は努力家に訪れる」 と、直筆のメッセージが添えられていた。三木君は阪神ファンで、保育園のころから公式ファンクラブに入り、ずっと会員だった。「びっくりしました。事故に遭ったけど、あきらめずにやると良いことがあるんだ」 と喜んだ。もらった本を読み、学んだことをすぐに実践。今年、夏はスタンドでチームを応援したが、秋季大会ではベンチ入りを果たした。10月6日、甲子園球場で阪神の試合前(横浜DeNA戦)、メッセンジャー投手と会い、礼状を手渡すことができた。三木君は 「これまでは結果が出なかったら落ち込んでいましたが、 『キープセイム』 と言葉をかけてもらい、常に同じ気持ちでいることが大事と教わりました。負けても落ち込まないで、次のことを考えられるようになった」 と成長した姿を見せた。本は、他の部員にも回して読んでいる最中。神前監督は 「メッセンジャー投手の言葉は、三木君だけでなくチームにもらった言葉。負けても勝っても練習をすることが大事」 と話し、メッセンジャー投手の野球への姿勢がチームに浸透していっている。
2013福知山花火大会/大やけど乗り越え甲子園めざす共栄学園 三木慶太投手。
<両丹日日新聞>京都府福知山市の京都共栄学園高校に、全身大やけどの重傷を乗り越え、甲子園をめざす球児がいる。今夏には、大好きなプロ野球阪神タイガースで活躍するランディ・メッセンジャー投手(37)から激励を受けて勇気づけられた。大勢の人の応援を受け、目標に向かって努力を続ける。1年生で左投げの投手・三木慶太君=六人部中学=。地元の軟式野球チーム下六レッズで小学1年生から野球を始めた。投手として起用されるようになった矢先、惨事に巻き込まれた。小学5年生だった5年前、福知山花火大会の屋台爆発炎上事故で体の4割近くをやけどする重傷を負った。入院は約半年にも及んだ。後遺症で左腕の汗が出ず、体温調節がうまくできない。可動範囲も狭まった。それでも、こつこつと続けたリハビリのかいがあり、退院して間もなく、チームの練習に参加した。中学校の野球部では一塁を守った。高校入学後、野球部への入部をためらっていたが、4月末に神前俊彦監督(62)に 「全身やけどしていますが、入れますか」 と申し出た。神前監督は 「大丈夫。君が頑張ることで、いろんな人に勇気を与えられる」 と背中を押した。高校から投手に復帰した。7月中旬、このことを知ったメッセンジャー投手が、三木君を勇気付けたいと、サイン入りのユニホームや著書 「ランディ・メッセンジャー~すべてはタイガースのために」(洋泉社) などを贈ることにした。著書には 「努力し続けることだ。幸運は努力家に訪れる」 と、直筆のメッセージが添えられていた。三木君は阪神ファンで、保育園のころから公式ファンクラブに入り、ずっと会員だった。「びっくりしました。事故に遭ったけど、あきらめずにやると良いことがあるんだ」 と喜んだ。もらった本を読み、学んだことをすぐに実践。今年、夏はスタンドでチームを応援したが、秋季大会ではベンチ入りを果たした。10月6日、甲子園球場で阪神の試合前(横浜DeNA戦)、メッセンジャー投手と会い、礼状を手渡すことができた。三木君は 「これまでは結果が出なかったら落ち込んでいましたが、 『キープセイム』 と言葉をかけてもらい、常に同じ気持ちでいることが大事と教わりました。負けても落ち込まないで、次のことを考えられるようになった」 と成長した姿を見せた。本は、他の部員にも回して読んでいる最中。神前監督は 「メッセンジャー投手の言葉は、三木君だけでなくチームにもらった言葉。負けても勝っても練習をすることが大事」 と話し、メッセンジャー投手の野球への姿勢がチームに浸透していっている。







、、、現役引退の話に及び、自身が
<毎日新聞> 初芝富田林が部員確保に成功しているのは、川之上晃一部長(49)ら関係者の努力があるのはもちろん、地域の特性も大きい。同じ大阪府富田林市内には今夏の全国高校軟式野球選手権準優勝の河南、同選手権優勝1回のPL学園が存在する。河南の田中誠二監督(61)は「大阪府南部は近年、高校軟式野球が盛んになった。中学生の進路として魅力的な選択肢になっている」と指摘する。同選手権の大阪代表校は過去15年間中14回をその3校(PL学園6回、初芝富田林5回、河南3回)で占める。PL学園は部員不足で今秋の大阪大会を欠場したが、この約10年間は互いに競い合い、遠方の強豪校が練習試合に訪れ、それを地元中学生たちが見て高校で軟式野球を続けてきた。河南では部員数も硬式野球部19人に対して軟式28人と「逆転現象」が起きている。田中監督によると、中学時代に硬式経験のある生徒が軟式に入ることもあるという。中学まで本格的な野球経験のない生徒が入部し、主力に成長する例も珍しくないそうだ。軟式は硬式に比べ、選手個々の力よりも、作戦や戦術を含めたチーム力が勝敗を左右する。競技の魅力が多くの人に伝わることが、競技人口減少の歯止めへの第一歩だ。【長宗拓弥】







<スポーツ紙> 




